「農家をしっかり儲けさせたい」厳しくも愛ある農業支援のプロフェッショナル

2018年2月23日

厚真町は、ほうれん草やハスカップの産地として知られています。その立役者の一人である南部典幸さんは、農業支援のプロフェッショナル。地元の農業協同組合(JA)に勤めた後、2年前から集落アドバイザーとして新規就農者のサポートに乗り出しています。これから特に力を入れたいと考えているのが、移住してきた若手が活躍できる仕組みづくり。40年以上厚真町の農業に携わってきた南部さんを今も突き動かすのは、生産者自身が経営を知り、品種改良など創意工夫をするために「農家をしっかり儲けさせたい」という情熱です。

農家が、ちゃんと食べていけるように

‐ 今、地域支援活動の1つである、集落アドバイザーとして活躍されている南部さん。40年ほど勤められたJAでは具体的にどんなことをされていたのですか?

南部:私の場合は多岐に渡ってましたね。JAに入ったのが1974年。当時は厚真町の作物っていうと米だったので、最初に担当したのは、大きな機械で精米を行う倉庫管理部門でした。その後は、薬や肥料といった生産資材の供給、作物の販売担当などを経験した後に、金融を任されました。内容としては、主に生産者の経営再建の指導です。仕事とはいえ離農の勧告をしたのは、かなりつらかった経験ですね。そんなふうに、技術、販売、経営それぞれについて経験を積んできました。「技術指導」「経営指導」「販売指導」は三位一体だと思いますし、その都度勉強でしたね。特に技術指導っていうのは、おのずから勉強していかなきゃいけないですから。

‐ おのずから勉強、ということはご自身で野菜を作られたりも?

南部:最初は何をやるにしても自分で作らなきゃいけないと思って。ほうれん草、ブロッコリー、大根、ニンジン、ピーマンは作りましたね。自分だけだと収穫しきれなくて、家族に迷惑かけたりもしましたけど(笑)。例えば、新しい蔬菜(そさい)でどういったものを作るかは、いろいろな技術を覚えていかなければ生産者に指導なんてできないんです。肥料はどれくらい必要か、土壌は何が適切か、何をしたらどう野菜に出るのか。こちらが指導してできた作物を品質チェックして、販売もするわけですから。自分でも試しながら、指導していくんです。

‐ 当たり前のことですが、作る技術はもちろん、いい野菜にしていくための指導も不可欠ということですね。南部さんはずっと現場の第一線で活動されて、農家を支援することへの情熱をかなり感じますが、農協にはたまたま入られたとお聞きしました。

南部:厚真町生まれで、親父が農家でした。子どもの頃、秋になると、おやつはカボチャぜんざいでね。友達が遊びに来た時なんか、喜んで食べてました。「農家っていいなあ、羨ましいなあ、いっぱい美味しいもんが食えて」って言われたりして。でも僕は、子どもの頃から作業を手伝わされたりで、農家は好きじゃなかった。農地面積が小さいこともあって、家を継いでも食べてはいけなそうだなと思い、その他の仕事を探して、たまたまJAに就職したんです。

– 農家さんに取材した時、「南部さんの品質チェックは厳しくってね」という話をされていた方もいました。ご自身の育った環境も含めて、「ちゃんと食べていけるように」というところにこだわりをお持ちなんでしょうか。

南部:そうですね。やっぱり何のために頑張るのかというと農家のため。1番やりがいになるのは、高く売れたときの喜びと、市場に認めてもらえるようになった生産者の話ですね。そういう話が聞けると嬉しかったし、楽しかった。品質チェックも相当しっかりやるから、もう本当に農家の奥さんからかなり嫌われてたんだけど(笑)。だからこそ、私らの方は値段で、販売で努力する。他の市場の相場よりも高い価格で買ってもらえるように交渉したり。だから農家さんにも受け入れてもらえてたんだと思います。

厳しいチェックで、道外でも勝負できる野菜を作る

‐ いまや厚真町は、ハスカップが栽培面積日本一になりましたし、馬鈴薯やほうれん草の産地としても知られるようになってきていますね。そういった、町内のいろんな野菜や作物の底上げに関わってこられた。

南部:ちょっとした意地もあったんですよ。昔から「厚真町の野菜といえばこれ」と挙げられるものがあまりなくて、米一本だった。何とかしたいなと思っていたところに、たまたまJAの上層部が動いて、新しい動きを仕掛けることができたんです。大きな農家さんと話をして、野菜を農協で扱わせてもらえるようにして。相場よりいい値段をつけたことで他の農家さんも出荷してくれるようになりました。しばらくして、隣の市の市場から「南部さん、ちょっと芋を分けてもらえないか」と相談が来た時は、私のやっていることは間違っていなかったんだ、って思いましたね。関西の市場の方でも、「厚真町のメークインは3本の指に入るね」と言ってもらえました。


‐ 有利ではない状況でも諦めず、妥協せずにいいものを作ろうという姿勢は、山口農園さんの大粒で甘いハスカップ開発にも関係しているそうですね。どのように工夫して進められてきたのですか?

南部:「どんな立場の人が見ても、一目瞭然の状況になるように」と考えたりしてましたね。例えば、JAの集荷場に生産者を集めて、買い取る側から意見を直接言ってもらうんです。褒めるとこは褒めて、ムチ打つとこはムチ打って。そうして買い取る側の生の声を聞いてもらうことで、私が普段「もっとこうしよう」と話していることがどういうことかを理解してもらうんです。自分たちの野菜よりも高く買われている野菜を見て、なぜその値段が付くのかを知ってもらう。そうすると真剣になってくれますよね。

あとは、品質管理といった検査は最終的には私たちもやるんだけど、生産者自らで検査してもらうような仕組みにしていました。別の機会には自分が検査される側になるから、出荷する方も手を抜けないですよね(笑)。

ハスカップについては、山口農園さんがすごく頑張られたんです。私が関わったのは3年くらいでしたけど、山口さんの畑のものは実が大きくて甘かったので、それを基準に規格や等級を作りました。職員みんなにピンセット持たせて1パックずつ、全部チェックしましたね。どうしても入ってしまうまだ実にならない小さなもの、葉っぱもつまんで出して、「これじゃダメ」って。厳しいですけど、そうすることで大きさでも品質でも勝負できるし、東京でも売れていく。山口農園さんはその後、品種開発をして厚真町のハスカップを引っ張ってくれてます。

新規就農者が自分で経営できるようになるまで、伴走したい

‐ ずっと厚真町の農業事情を変えていく策を取られてきた南部さんですが、いま厚真町で起きている変化についてはどうお考えですか? 農家人口が減ってきている一方で、農家面積は減っていないことなど、生産者一人一人への負担が大きくなっているのでしょうか。 

南部:今、農家の平均年齢は65歳ぐらいで、あと5年経ったら70歳になります。そうすると、やっぱり機械に頼る作物を導入していかないといけない。畑作の機械化には限界があるので、どうしても手を掛けていけなくなる。農家戸数が減ってきているのに農家面積が減っていないということは、若い人たちに負荷がかかっているとも言えます。でもそれは一方でチャンスでもあるなと。農業自体が、経営的に変わりつつあります。辞める人がいるなら施設を引き取って、新規就農者に譲ることもできますし、機械化ではできない手間をかける農業をやってみたいUターン、Iターンなどの新規就農者を受け入れることもできますから。

‐ 変化をチャンスと捉えながら、南部さんが40年蓄積されてきた知見をこれからも活かしていけるといいですね。「農業をやりたい」と未経験で移住してくる方へ、具体的にはどんな支援をされているのですか?

南部:1年目は様々なところで仕事をしてもらいます。自分がやりたい、やりたくないは関係なく、厚真町の農業を知ってもらうために、ほうれん草、花卉、水稲、畑作などの栽培農家さんを回ってもらっています。多くの人に顔も覚えてもらえますしね。2年目は、1年目にいろいろ体験してみて、これをやりたいと思った作物に対して、その農家に弟子入りしてもらいます。そこをメインで勉強してもらって、時間があれば他のところへも行ってもらう。

3年目は、がっちり自分の目標を決めて勉強。できれば栽培圃場を任せたりして、責任を持って全て実践してもらいたいと考えています。4年目以降は、実際に自分が経営することになります。まだ確立できていないところもありますが、今のところ、この方法が理想だと考えています。何を作ったらいいかわからない新規就農者を対象に、厚真町で推奨する作物、ほうれん草だったりを作っていく研修農場の整備についても検討しているところです。

‐ 必要なことを現場で網羅的に学びながら、その間に作りたいものを決め、修行をしながら試行錯誤できるのがおもしろいですね。収穫できた作物を実際に市場に出して、お客さんの反応を見たりもできます。

南部:アイデアはいっぱいあるんです。例えば新規就農者が集まって会社をつくるのもおもしろい。ファームレストランを運営してもらって、厚真町の特産は何かを協議して、新規就農者が原料をつくって店に出していくとかね。観光農園としてハスカップ狩りをやったり、直売もいいですね。農地を運用管理する法人が作れたら、やっぱり理想だなと思うんです。高齢化などで自分では管理できなくなった土地を農家から貸してもらったりして、それを将来的に若手に任せられるような仕組みを作りたいんです。


‐ 南部さんは規格の制定や生産者によるチェックの方法など農作物だけでなく、人についてもよく見られているなあと感じます。集落アドバイザーとして農業従事者の支援を始められて2年ですが、どんな手ごたえを感じていますか?

南部:作物も人も付き合ってみないとわからないですよね。「農家をやりたい」と言ってくれる人はそこそこいるんですが、彼らを見ていると、前にどういう仕事をしていたかではなく、心構えが大事だと感じています。例えば家族で移住してくる方なんかは、しっかり考えて話し合って、覚悟を決めてここにくる。真剣な方は、大変なことがあっても辞めずに続けます。

アドバイザーとして担当している人たちはまだ研修中なのですが、みんな可愛いですよ。既に独立した移住者からは、「今年は儲かった」とか、最近の天候のことを相談されたり。困っていそうな時は、とりあえず慰めたりね(笑)。それも私の仕事の一つです。これまで勉強してきた農業関係のことが、新しい人たちに活かされればいいなと感じていますね。

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聞き手=田村真菜(tamuramana.com)

文=山本絵美

写真=吉川麻子



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