気づいたら地域おこし企業人に。食で厚真をPRする、小松美香さんの挑戦

2017年12月8日

地域おこし企業人」という制度をご存知でしょうか。三大都市圏にある民間企業の社員が、地方公共団体でそのノウハウや知見を活かし、一定期間、地域の魅力や価値向上に従事できるという国の制度です。全国的にまだ30件ほどしか事例のない中、新たなことに挑戦し続ける北海道厚真町が、この制度を用いて2015年7月から迎え入れているのが小松美香さん。厚真町には縁もゆかりもなかった小松さんは、何を思ってこの町に飛び込んだのか。どんなことに取り組んできたのか。その秘密に迫りました。

win-win-winを目指す制度、地域おこし企業人

– まず、小松さんがどういった経緯で地域おこし企業人に応募されたのか、教えてください。

小松:私は太陽光発電による電力事業や環境事業等を行っているワタミファーム&エナジー株式会社に所属しています。厚真町に来るまでは都内を中心に外食店舗の店長をしていました。ワタミと厚真町との間で地域おこし企業人制度を利用して社員を派遣することになった際、私が食の分野で地域づくりに携わる仕事がしたいと言ったのを思えていてくれた方がいて。それで話をいただいたんです。

– もともと、食と地域というテーマに興味を持たれていたのですね。

小松:そうなんです。ワタミには中途入社し4年目なのですが、食や環境、地域の問題に真面目に取り組んでいる印象を持っていて、いずれ自分のやりたいことをやらせてもらえるチャンスがあると思い入社しました。そうしたら思わぬ形でチャンスをいただきました。

– 厚真町のことは、最初からご存知だったのですか。

小松:いいえ、全く。場所も知らなければ、企業人として具体的に何をするのか知らなかったです。でも、とにかく自分のやりたい方向性に合っていたので、行くと即決して。2015年3月のことです。

– 地域おこし企業人というと、企業に籍を置きながら、最大3年間厚真町で地域の事業に携わるということですよね。これまで2年ほど、どんな形で働いてこられたんですか。

小松:厚真町役場が仕事の拠点で、まちづくり推進課に所属し、地域の特産品の開発に関わったり、食を通じて厚真の魅力を伝えるプログラムを企画したりしています。でも所属はあくまでもワタミなので、月に1回は、ワタミの会議で活動報告もしています。

– この地域おこし企業人制度は、厚真町にとってもワタミにとっても初めて利用する制度だと伺っています。一企業人として、小松さんにはどんな役割が期待されているのでしょうか。

小松:厚真町からは、企業で培ってきた経験やノウハウを生かし、厚真の特産品をPRしたり、新しい事業を起こして地域経済を活性化させることを期待されています。ワタミは「地域に会社があって、地域が活性化することで日本が豊かになる」という考え方を持っているので、将来的には厚真町で食の分野の拠点を持つことも視野に入れていると思います。

– 役割がきちんと果たされれば、小松さんも含め、win-win-winの関係が築ける制度なのですね。

“食”の切り口で厚真をPRしてきた2年間

– 地域おこし企業人として、実際にどんな活動をされてきたのかお伺いしてもいいですか。

小松:2015年の7月から厚真町に着任したのですが、1年目はまず町の特産品の販売イベントのサポートをして、厚真や農家さん、作物のことを知りながら、自分ができる役割を探ってきました。例えば厚真町ではハスカップという甘酸っぱい実が栽培されているのですが、ハスカップを使ったレシピを考えて、東京の秋葉原のワタミでフェアを行ったりしましたね。

2年目のメインイベントは、自然学校の企画でした。夏に、首都圏から小学校高学年の子どもを呼んで、自然の中でキャンプ体験をするんです。野菜を実際に収穫して食べたり、牧場で動物と触れ合ったり、自然の中で仲間と協力しながら4日間を過ごします。昨年37人の子どもたちが参加してくれました。

– この企画の構想は、どんなところからきたのでしょう。

小松:もともとワタミが帯広や他の地域でやっていた企画がベースになってるのですが、厚真町でやるのは初めてなので、協力いただける農家さんや、牧場主さんに依頼することから始めました。備品や食材の調達、人の手配みたいな調整業務は未経験だったので、特に大変でしたね。でもそのおかげで地元の農家さんとも親しくなれました。

– 主催してみて、一番良かったなと思うのはどんなところですか。

小松:私自身、厚真町で十分楽しめることを実感できたことは良かったですね。野菜の収穫も牧場でのふれあいも、一通りできますから。実際に子どもたちの反応を見ることができたのも、自信になりました。

-他にも、厚真の特産品を作る活動もされてきたのですよね。

小松:厚真町の特産品開発機構で、特産品をいくつか試作、販売してきました。今日持ってきたこくわジャムも、その1つです。

-こくわというのは、どんな作物なんでしょう。

小松:さるなしとか、ベビーキウイとも言われています。味はキウイに似ていて、大きさは2、3cmくらい。厚真では野生でもなっている実です。商品としてはまだ改良の余地がありますが、味は好評で、現在ふるさと納税に出品しています。甘酸っぱくて、アイスやヨーグルトにかけて食べると美味しいですよ。

– 企画したものが、実際に商品化されるというのは自信になりますね。こういった企画は、どうやって考えられるのでしょうか。

小松:年間の活動計画もありますが、その都度企業や厚真町の方から「これ、やってみてくれる?」と言われて形にすることが多いです。やったことのない企画ばかりで、正直一つのことで手一杯になってしまったり、反省することも多いんですけど。こういう経験は貴重だなと思ってます。

気づいたら、与えられた環境の外に出るように

– 縁もゆかりもない地域で、前例のないことをしていくというのはなかなかエネルギーがいると思います。小松さんの食や地域づくりへのエネルギーというのは、どこから湧いてくるのでしょう。

小松:もともと、実家がいわゆる八百屋なんです。なので、食べ物に日常的に関わる機会は多くて。あと、小さいころからアレルギー体質で、市販のもので食べられるものが限られていた時期があったんです。そこから、食べ物はどういう風に作られるのか、身体にいい食べ物は何かということに興味を持つようになりました。

地域づくりに関心を持ち始めたのは、大学くらいからです。地元が福島の会津若松市でそこが好きだったというのもありますが、一番の転機は、ピースボードに参加したことだと思います。

– ピースボートでは、どんな影響を受けたのでしょうか。

小松:世界を巡るピースボードは、観光目的の国もありつつ発展途上国の現状を知る、という側面があって。現地の人は、街を自分たちでよくしよう、という気概がすごくあることに気づいたんです。スラム街でも、ここは農業地、ここは住宅地って区画を決めて計画的に街を作っていたりとか、キューバでは、当時のアメリカでの経済制裁にも負けず、人々の健康のために有機農業をやっていたり。NPOで活動している国外の方も本当に精力的で、圧倒されましたね。

もともとは与えられた環境で、親のいうことを聞いているいい子だったんですけど、この経験で初めて、自分の意志で本当にやりたいなと思う世界に行くことを覚えた気がします。

– その転機が、今回の地域おこし企業人への応募にもつながっている気がします。社会人になられてからは、どんな風に歩んでこられたのですか。

小松:今のワタミは3社目で、それまでもスーパー勤務やオーガニック系の製品の小売販売や卸を会社に勤めたりと、一貫して食に携わる仕事をしてきました。地域おこしに関わるにしても、自分の専門分野を持ちたかった。食べ物の基本的なことを知るために、栄養士の学校で資格も取りました。

– 歩みだけを伺っていると、迷いなくご自身のやりたいことを追求されているように感じます。

小松:そんなことないんですよ。ワタミに入る前は、9時〜5時の仕事を選ぼうか迷っていたくらいです。でも困ったことに、それじゃ面白くないなと思う自分がいて。もう少し普通を選べば苦労もないのに、なんて思いつつ、気づいたら面白そう、新しいことができそうという方に行ってるんですよね。

– どちらかというと、そうせずにはいられないという感じなのかもしれませんね。小松さんのエネルギーの源が見えた気がします。

残りの任期の先に描く未来とは

– ここまで2年間やられてきて、地域おこし企業人の大変さって、どんなところに感じられますか。

小松:そうですね。企業人としての仕事と、役場の仕事両方をするのは大変な面もありますね。また、厚真町役場の皆さんは、比較的自由に企画をやっていいよと言ってくださるんですが、その分こちらに具体的な構想が最初にないと、何をしていいかわからなくなってしまうというのはありますね。

– 逆に、この制度の良いなと思う点はどんなところですか。

小松:役場の方に色々教えていただきながら挑戦できる、というところですかね。初めて来た場所で、地域の人と新しいことをしたいっていうときに、いきなり一人で移住してというのは大変だと思うんです。この制度なら、役場の人の協力を得ながら地域の人とつながれるので、そこは大きなよさだと思います。

– 地域おこし企業人の制度を厚真に導入された、厚真町役場の大坪秀幸参事にもお話を伺ってみたいと思います。

この制度や小松さんに期待してきたことをお聞かせいただけますか。

大坪:ワタミさんは外食産業の企業なので、来てくださる人には厚真町の特産品を作るアドバイスや、ネットワークを上手く活用させてもらい、特産品をPRできれば良いのかなとは思っていました。でも個人的に言えば、結構新しいもの、珍しいものが好きなので、来てくれる人が面白いことをしてくれたらいいなと思うところもありましたね。

– 約2年間小松さんとやってこられてみて、思っているところがありましたらお聞かせください。

大坪:小松さんはここまでよくやってきてくださっていると思ってますよ。これからも、縁があればぜひ地域起こし企業人の方には来て欲しいです。

小松さんの残りの任期中に、厚真町に何かノウハウは残していってほしいし、ここで起業する等で町に残ってくれたら嬉しい。でも、町が一方的に何かをもらうのではなくて、来てくれる人も何か得るものがあって、3年間でやりたいこと、進みたい方向が明確になるような、そんな関係であったらいいなと思ってますね。

– 小松さんは、残り1年どんな風に活動していきたいですか。

小松:まずは、自然学校を2017年度も開催する予定なので、きちんと成功させたいです。また、様々なイベントで厚真町の特産品のPRをしに行く予定です。

将来的には、厚真の食材を使った農家レストランや農家民宿をやりたいと今は思っています。自分がそういう田舎暮らしをしたいというのが大きいのと、厚真の食材を他の方にも味わってほしくて。今年度中には、具体的な構想がきまって、準備にとりかかれたら良いなと思っています。

厚真町、企業、地域おこし企業人。3者の目指すものが重なりあったところで、悩みながらも少しずつ企画を形にしている小松さんが印象的でした。自由度が高い分、迷いが出ることも多いと率直に話してくれましたが、紋切り型でない制度だからこそ生まれる、3者の相乗効果があるように思います。

そして、この取材後、小松さんは2017年のローカルベンチャースクールに参加しています。古民家を活用したレストランと宿泊施設の事業プランを提案し、ローカルベンチャースクールを通して、コンセプトの整理や事業のブラッシュアップを行っています。小松さんの思い描く事業を、ワタミ社員として実行できる予定で、ワタミのグループ企業で、町内の古民家を活用した事業をすることも内定しています。

当時もやもやと悩みを抱えていた彼女は、いま生き生きと、厚真で生きていく未来に向けて着実に歩みを進めています。

小松さんが任期を全うした先に、どんな未来があるのか。楽しみです。



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