新しい林業に挑戦する、厚真の開拓者募集:半林半Xや六次化 …冬に林業を行う、少積雪地域ならではの可能性
2016年9月14日
町面積の約7割にあたる約28,000haの森林を持つ厚真町。うち3割程度が人工林で、主にカラマツが植えられています。天然林の多くはナラ類、イタヤカエデ、ハルニレ等を中心とした二次林(=過去に伐採され回復してきた森林)です。厚真町ローカルベンチャースクールでは、こうした森林をフィールドに、半林半Xや林業の六次化に取り組む人を募集しています。今回は、町内の有限会社丹羽林業で、3代目次期社長として活躍している丹羽智大さん(写真右)と、2013年に福島から移住し、未経験から林業を始めた永山尚貴さん(写真左)の2人に、厚真町の林業の現状や、先輩移住者としての経験談を聞いてみました。
伐採して終わりではない、「丁寧な林業」をやっていきたい
– 厚真町は森林を多く抱えていながら、林業を担う事業体が少なく、森林整備の担い手が少ないのが現状だと聞いています。そんな中で、町の林業の主要事業体の一つである有限会社丹羽林業(以下、丹羽林業)さんの歩みと、現在の取り組みについて教えてください。
丹羽:まず厚真町の林業についてお答えしますね。厚真町を含む胆振、日高地方の太平洋に面した森林はナラ類の成長がよく、伐った後の天然更新(植栽を行わず、落ちた種子や切株からの萌芽等で森が再生していくこと)も、北海道の中では良好な地域です。厚真は町域の約7割が森林で、ナラ類を用いた製炭業者やシイタケの原木栽培の農家もあるんですよ。
丹羽林業は、昭和33年に祖父が創業しました。付近一帯、まだ電気もガスも来ていなかった頃だそうです。法人化したのは平成2年。もともとは農家で、祖父は4人兄弟の末っ子。分家して小さい商店を始め、そのかたわらで木炭生産をしていたそうです。山買いをして木を伐り出して、2tトラックに手積みして、炭に焼いて。隣町の早来町(現在は安平町)の問屋に売りに行くんです。
当時は国策として拡大造林に力を入れていた時代で、パルプ原料やシイタケ栽培の原木となる広葉樹を伐採して、成長の早いカラマツに植え替えたと聞きます。カラマツは、美唄や夕張など近隣地の炭鉱で坑木に使われ、細いものでも需要があったそうです。カラマツ人工林の多くは現在40~50年生で、現在がちょうど収穫期なんです。
今の私達の主な仕事は、お客さんに依頼されたカラマツを山から伐り出し、使う目的ごとに長さを揃えて、丸太にして納品にする、という「素材生産」を行っています。厚真町内の森林だけではなく、大手企業が安平町に所有している社有林での仕事等も手掛けています。素材の売り上げを収入とするのではなく、作業に対する手間賃が収入となる形ですね。林業と言うと「自分で山を持ち、その管理を行う」というイメージが強いですが、そういった方は、今の厚真町にはほとんどいないんですよ。
– 現在は、町外での仕事も多いんですね。これからは、もっと厚真町の森林に目を向けていきたいと考えてらっしゃるのでしょうか。
永山:町内の仕事も含め、どうすれば今後仕事を増やしていけるのか、丹羽さんとも考えているところなんです。全体像はまた見えていないのですが「丁寧な林業」をやっていきたいという思いはあります。今の私たちの仕事は苗の植え付けや下草刈りなどもやりますが、基本的に伐採業であって、お客さんの山に入って木を伐って、加工・納品すればそれでおしまい。そのため、時間をかけて行う森造りとして関わる仕事は少ないのが現状です。一つの仕事が終われば、その森との関わりも終わり、というのではなくてその後のメンテナンスも含めて請け負えたらいいなって思うんです。
本州では、例えば1本の杉を丹精込めて丁寧に育て上げていくような林業の形もあるんですが、こちらではそういった木材の使い方はまだまだ少ないというか。さまざまな作業をすべて重機で済ませてしまい、カラマツの商品価値にしても、まだ引き出し切れていない状況があると思います。いい木も悪い木も全部いっしょくたに伐ってしまうのでなく、人がうまく手入れをして森造りをしながら、樹種や太さ、材木の状態等を1本ずつ把握して「この木はもう少し置いておこう」というようなことをしていけたらいいなあと。
丹羽:地域にもっと根付きたい気持ちというのはあります。地域の方がいて、それで50年以上会社が続いてきたわけですから。
永山:「うちの木、デカくなっちゃったから切ってよ」って言ってくる人もけっこういるんです(笑)。今の社長も「いいよ」って商売関係なく気さくに出かけていくし、「先代社長には本当にお世話になって」っていう年配の方も多いですよね。お金にならなくても、地域でそういうふうに語ってもらえる存在たりうるのは宝ですよね。もし独立するなら、自分もそういう存在でありたいなあと思う。
未経験からでも、地域の中で仕事は覚えられる
– 永山さんは地域おこし協力隊の林業支援員として、2013年に福島からご夫婦で移住されたんですよね。福島ではブドウ園を営まれていたとか。
永山:夫婦で有機ブドウ園をオープンした翌年にあの原発事故があったんです。ブドウからは放射性物質は検出されなかったんですが、周辺の山では落ち葉が高い線量を示していて…。自然のなかで仕事をしたいという思いから農業に就いたのに、入っていける自然が制限されてしまったように感じましたし、この先、自分のやりたい農業のカタチを続けられるのか疑問に感じたんですね。それで、同じように自然のなかで働ける林業をやってみようと。
ただ、最初から林業の会社に就職するよりは、地域おこし協力隊のような形でまず町に溶け込んでいきたいと考えて、協力隊からスタートしました。たまたま厚真町で林業支援員の募集をしていたというのもあったし、稲作が盛んなことや温暖な気候、それに地形的にも福島に似ていたというのも決め手でしたね。
移住して3年、厚真を選んでよかったと思っていますよ。道内でも積雪量が多い場所に住んでいる方々は、みんな雪の大変さを嘆いていますもん。その中で、厚真の雪の少なさは貴重ですよ。夏も暑くなりすぎず、適度に湿潤で、厚真は林業にとってもいい場所だと言えますね。家内も木工に取り組んでいて、積極的に木材に親しんでいます。休日にはチェーンソーを振るう時もあるんですよ。
– 厚真町に来られるまで、林業は未経験だったのですね。特殊な業界でもあると思いますが、どのように林業を学び、仕事を覚えていったのでしょうか。
永山:協力隊時代の3年間、基本的な技法については丹羽林業での研修で教えてもらいました。並行して、厚真町役場で林業を担当している宮さんや、その知り合いの方に最新の知識や技術を教えていただきました。もちろん自分でも勉強しましたし、学んでいる合間に山林で自ら実践したりもして確認しながら、技術を磨いてきました。。
「あつま森林(もり)むすびの会」というNPO法人もありまして。これは「森に入ってみんな元気になろう」というのが原点で、主に町の環境保全林の整備作業をする中で林業の知識や技術を学ぶほかに、子ども向けのイベントで森でピザを焼いたりする活動をしています。それから、道内ではまだやっているところが少ないロープで樹上に登って伐採する「アーボリカルチャー」という技術を丹羽さんと一緒に修行中でもあります。
参照:http://ikoma.cocolog-nifty.com/moritoinaka/2012/06/post-5043.html
– 厚真の林業は冬が繁忙期だそうですね。以前は、夏に農業、冬に林業の「半農半林」で働く人も多かったと聞きました。どうして、そのような形態での林業が行われたのでしょうか。
永山:この辺は湿地や小沢が多い場所もあるので、シバれる(地面が凍る)ことで、はじめて山に重機を入れられる場合も有るんです。冬の凍結は、厚真の林業にとって非常に重要です。また、広葉樹は落葉時期に伐採するのが良いとされているので、天然林は秋から冬にかけて伐採されることが多いです。積雪が少ない厚真だからできることでしょうね。冬が繁忙期の仕事って面白いでしょう。冬に林業を請け負い、夏は穂別町のメロン農家で働いている人もいますよ。現在はどちらか一方を専門とする働き方が一般的ですけれど。
山がある限り、食いっぱぐれはない
– 今の厚真町の林業事情はどのようなものでしょうか。課題となる点や、今後、新たに林業に挑戦される方に広がっている可能性などは?「実際に生活していけるのか」というのも非常に気になる点だと思うのですが。
丹羽:山で働いている人の高齢化が進んでいる、というのがまずありますね。同時に、山のオーナーも高齢化していて「自分の林を見たことがない、どこにあるのかも知らない」という人も、確実に増えています。町内でも、オーナーの顔を見たことがない森もあります。
最近は木だけでなく、土地ごと売りたい人も増えているんですよ。今後はもっと増えるでしょう。林業は、投資から換金までの期間が長いので、買い取るのはなかなか難しいかもしれませんが…。一方で、長期的に見て木材以外の価値も含めてリターンが有ると判断される方はまだまだいて、匿名投資組合等の形での山林の取得に注目が集まっているとも聞きます。ただ、こういったことが進むと、今後さらに誰が所有者なのか、管理者なのか、ますます分からなくなってくる可能性はありますね。
厚真町では、これから若い方が林業で活躍できる可能性はますます広がると思うんです。木はどんどん大きくなる、林業者は高齢化する。跡継ぎのいない会社もある。一方で、仕事量は絶対的にある。なので、バブルが弾けようが、何があろうが、木がある限り仕事はあると思いますよ。ローカルベンチャースクールに参加し林業でのチャレンジを考えている方に、そこはぜひ伝えたいところですね。「山がある限り、食いっぱぐれはないぞ」って。
山や林業に関する特別な知識や確固たるプランがなくても、自然が好きでやる気があるなら十分じゃないでしょうか。協力隊という勉強や技術を磨きながらお金がもらえる制度を利用し、まずは独立するつもりで3年間頑張ってみてほしい。任期終了後、独立して頑張るならそれもよし、その時にもしも「まだ時期ではない」と感じるのであれば、私たちの会社で受け入れるという道もあります。
永山:金儲けはできないかもしれないけれど、食べていくことには困らない世界ですよね。最低限の生活は保障されている気がします。その先はその人次第なのかもしれないけれど。自然が好き、森が好き、体を動かすことが好きという人にはぜひ来てほしいと思いますね。忙しくてなかなか遊びに行けないけれど、自分の好きな自然のなかの仕事ですから。
自然の中ですることといえば、山菜採りにキノコ狩り、狩猟、バードウォッチング、虫取り…。ほら、楽しそうでしょう。仕事のなか、仕事の合間に、日々いろいろな発見と楽しみを作れるので。仕事そのものを楽しめるんですよ。何より技術職ですからね、考えながらやればやるだけ自分の技術になるのが楽しいですよ、林業は。
「半林半X」みたいな新しい可能性を探したい
– 今後、厚真町の林業にどのような道を開きたいと考えていますか? 「こんなことをしてくれる人が来て、こんなことを解決すれば、もっとこんな町になるのに!」といった希望、展望を聞かせてください。もちろん野望でもいいんですけれど。
永山:今の厚真町には小さな製材工場が1つあるだけなんです。「素材」でしかない丸太を加工して「材料」にしてくれる人が町内にいれば、楽しいですよね。ただ建築材料を納品するだけの仕事ではなく、広葉樹の特徴を活かして家具作りをする人が出て来るところまで行けたら、もっと楽しいだろうなあ。
丹羽:ただ一直線に「林業をやりたい」っていう人だけじゃなく、筋違い、畑違いの人にもぜひ来てほしいと思いますね。「これとこれを結び付けたら楽しいんじゃない?」と提案してくれるような人。そんな人と話すのはとても楽しいですから。今、厚真町には移住者が増えているけれど、もともとが狭い町ですから、いろんな経歴を持つ幅広い分野の人たちと横のつながりができて、楽しいんですよ。もちろん、町内や近隣、遠方の林業者ともつながれます。つながりって何よりも大きな財産でしょう。
永山:「冬の林業」を活かして、「半林半X」みたいな可能性もあるんじゃないかな。夏は林業の仕事が減るのに対し、農家は収穫などで忙しいから、手伝ってくれないかという需要も多い。農業以外でも、例えば夏にサーフィン関連の仕事をするという選択肢もありそうですよね。ビーチでテントサイトを運営したり、農家レストランや観光に携わることもできそう。
そうした先に化学反応がね、あるかもしれないし。関わる人の価値観によって、森の様相も変わっていきますから。どんな森を育てていくのがよいのか、そこにどんな仕事があるのか。森のこと、林業が抱える問題、今はまだ自分のなかに答えはないけれど、「一緒に悩んで答えを探しましょう」とは言いたいな。お互いの悩みを話し合いながら答えを見つけて行こうよ、同じ道を歩くものとして一緒に悩むぜ、って。
– 今後さらに需要が増え、仕事の幅も広がっていきそうな厚真町の林業。面倒見のよい専門家・先輩も多く、やる気さえあれば想像以上の可能性がありそうに思えます。チャレンジのし甲斐がありますね。