農林業のシゴトで食べていくことはできますか? 北海道厚真町が開催した、起業家トークライブレポート

2016年10月4日

2016年にローカルベンチャースクールを初開催する北海道厚真町が、『一次産業で稼いでいる起業家3名のトークライブpresented by 北海道厚真町』を開催しました。一次産業に興味があるけれど迷っている方、一次産業への転職を考えている方など約80名が集まり、実際に一次産業で稼いでいる起業家たちのお話を伺いました。今回は、その様子をお届けします。

一次産業で稼いでいる3名+支える2名

今回ゲストにお迎えした3名は、起業の手段として厚真町に移住し地域おこし協力隊を経て養鶏農家になった小林さん、家業である有限会社丹羽林業にUターン就職して林業の現場で働く丹羽さん。そして岡山県西粟倉村でバイオマスエネルギーコンサルタントをしながら温泉ゲストハウスや薪工場の経営など、一次産業の枠を超えて活躍している井筒さん。皆さん、一次産業に深く関わっていますが、古典的な農林業のイメージとは少し違った形で稼いで暮らしています。そして、現状を維持することが目標ではなく、新たな可能性を探し挑戦し続けています。


小林:僕は、絶対に農業がやりたいというわけではありませんでした。たまたま養鶏農家で2年ほど手伝いをした経験があって、28歳の時に未経験ではない分野で起業しようと思い、養鶏を選択しました。鶏をケージで飼う日本で一般的な方法ではなく、「平飼い自然養鶏」といって、なるべく自然に近い状態で鶏を飼育しています。餌も市販のものは使いませんし、羽数も多く飼えないのでコストがかかります。なので販売価格は、スーパーで売っている卵の2倍以上の1つ50円です。生産した卵のほとんどを定期配達や地方発送などでお客さんに直売しています。

丹羽:本州の大学卒業後に民間企業に就職したんですが、父である今の社長に、「新しい事業をするのに人手が足りないから戻ってこないか?」と言われて厚真に戻ってきました。主に現場で実際に作業をしたり社長の手伝い等をしていますが、それ以外に時間を見つけて特殊伐採(建物に隣接している等の通常の伐採が不可能な樹を安全に撤去する伐採手法)の練習といった新たな手法にも取り組んでいます。また、NPO法人あつま森林(もり)むすびの会に所属して町有林の活用や担い手育成に取り組むことに加え、森林に親しむイベントを手伝ったりと林業の新たな可能性や、人と森林とのつながり方について模索しています。

井筒:今は直接農業や林業をしているわけではないんですが、西粟倉村で村楽エナジーという会社を立ち上げ、主に3つの事業をしています。林業に関係している事業は、バイオマスエネルギー事業です。間伐した中でレベルの低い木を薪にして、薪ボイラーで燃やし温泉などに熱供給しています。2つ目は、他の自治体でバイオマスエネルギーのコンサルをしています。そして、3つ目は温泉付きのゲストハウスを経営しています。田舎では一つの事業をやるだけじゃなくて、こうして複数の事業をやることによって収入タイミングも違うし、リスクヘッジもできる。ターゲットも全然違うので、お客さんもいろいろです。一つの事業では知り合えなかった人とつながることができます。

3名のゲストのほかに、厚真町で農林業者をサポートする2名にも登壇いただきました。農協OBで40年以上農業に携わり、現在は新規就農者のサポートを担当する厚真町集落アドバイザーの南部さん。役場で林業を担当していてローカルベンチャースクールの発起人でもある厚真町役場の宮さん。農林業で生きていこうとする挑戦者たちを豊富な知識や経験で、行政の立場からサポートしています。

農林業で食べていくことも、儲けることもできます。

新たに農林業に挑戦して、食べていくことは可能なのか。今回のトークライブの参加者が一番聞きたいテーマではないでしょうか。林業の現場での実感として丹羽さんは、「たくさん仕事はあるのに人材は不足している」と指摘しています。農業の分野では、「食べていくことはできるし、やり方を工夫して賢い農業をすればもっと稼げる」との発言は、南部さん。一次産業も一般的な会社と同じく経営を意識することがこれからの農林業に求められています。

牧:一般的に斜陽産業と見られがちな林業で食べていくことはできるのでしょうか?


丹羽:厚真町の場合、主な木材生産の場となっているのはカラマツの人工林なんですが、その多くが40~50年生になっています。50年に達する前に木を伐りたがっている所有者が沢山いるので、現状として木を伐る仕事が多く発生しています。人工林を伐採した場合、基本的には再造林することを所有者さんにはお勧めしているのですが、現在は再造林の際に利用できる有利な補助制度もあるので、再造林してくれる所有者さんも多くいます。それにより、木を伐った後は植え付け(人工造林)という作業が発生します。木を植える前には、地ごしらえ(木を植える準備)があり、植えた後は、草刈りが3年程度は必要です。伐採・地ごしらえ・植え付け・草刈りと、伐採後5年くらいは仕事が発生し続けます。そして10~15年もたてば除伐という一回目の間引き作業があります。木を植えるということは、必ずその後の仕事を生むことなんです。木を伐ることで始まる仕事がどんどんあるのに、現在、町内の事業者では全然まかなえていません。仕事は今後も発生し続けると思いますので、作業が一人前に出来るようになれば、食べるのに困らないだけの収入は得られると思います。

牧:農業はいかがですか?

南部:新規就農して食べている農家は沢山いますし、やり方によっては儲けることもできるでしょう。昔の百姓の時代はただ指導されるままに作物を作っていればよかったけれど、今の農業は「脳業」だと言われています。頭を使わないと今の農業は稼げない、逆に頭を使えばまだまだ稼ぎを増やせる可能性はあるんです。生産者でありながらも社長としての経営感覚が重要です。機械を使って大規模にやるのか、イチゴみたいに人の手でコツコツやるのか、ほうれん草のように数で稼ぐのか、人とは違う野菜を育てるのか、どんな組み合わせで何を育てるのか。ただ土いじりが好きなだけではく、経営者としての意識を持って、いかにコストを下げて収入を上げるかという考え方は一般的な企業と同じですね。

自立して食べていけるようになることこそ、地域に必要

移住者が地方で起業する場合、地域おこし協力隊の制度を利用する方法があります。厚真町は6年前から複数の分野で20人の地域おこし協力隊を委嘱してきました。農業分野では、任期を満了した卒業生は全員農家として独立し、厚真町に定住しています。制度の導入初期のころは運用も手さぐりだった部分もありましたが、移住者が起業・就職し、任期終了後も定住していけるような仕組みができつつあります。そして厚真町役場には、農林業に従事しなんとか食べていけるようになろうとする挑戦者に対して、丁寧に寄り添ってくれる担当者もいます。

牧:どんなプロセスを経て農家になったんでしょうか?また、農家になる過程でどんな苦労がありましたか?

小林:もともと農家ではない人が農地を取得することは簡単ではありません。農地を取得するには、まず農業研修を受けて認定就農者になる必要があるからです。僕の場合、地域おこし協力隊の任期中の活動として農業研修を含めてもらえましたので、2年目が終了した時点で、認定就農者になることができました。農地探しも同時に進めて、気になる農地があれば集落アドバイザーに相談し、地主さんを探して話を聞いてもらうことを繰り返してなんとか借りることができました。どこの誰かもわからない人に農地を貸してくれる人はそうそういませんが、役場を通して紹介してもらえれば、話を聞いてもらえます。役場の信頼をお借りした感じですね。

南部:農地を取得するのは、まだ地域に信頼のない移住者が非常に苦労する点だと思います。小林さんやほかの先輩たちの反省もふまえ、今は前もって資材や農地の確保に役場や受け入れ農家さんが動き、農地や中古資材の情報を積極的に集めて地域おこし協力隊に知らせています。地域に馴染んでくると、移住者を応援してくれる地域の方なども、農地等の情報をくれることもあります。移住者を含む新規就農者の方には、しっかりと独立して食べていけるようになって欲しいですし、1円でも多く儲けてもらいたいです。

牧:厚真町の林業にはどんな可能性があるのでしょうか?また、森林を所有していない移住者等が、自ら手入れが出来る森林を確保することは可能ですか?


宮:厚真町は太平洋に面していて積雪が少ないので広葉樹の生育が良く、ミズナラやイタヤカエデなどの天然林が多くあります。人工林は森林の構造が単純なので、重機で大規模、効率的に伐採したり管理することが出来ますが、多様な樹種で、いろんな形をした樹木が交じり合う天然林を管理していくには、丁寧に重機だけに頼らない手入れが望ましい場合があります。丁寧に伐る樹を選び、伐採し、残っている樹を傷つけないように搬出する作業は、かなり手間のかかる作業なので小規模な林業が向いています。特に、天然林を保全しながら、利用しようと考えた場合、厚真町では小規模な林業という形態が、これまでよりももっと担える役割が有ると思います。
また、山林を所有していない方が森林や林業に関われるようにという観点では、町有林内で町民の皆さんが林業技術を学び、森林に親しむ場としてより利用しやすい様に、仕組み作りを現在進めています。

牧:実際に山林を買い求めることは容易なのでしょうか?また、林業で生計を立てるためには山林を所有する必要があるのでしょうか?

宮:本州に比べ北海道は山林を取得しやすいと思います。なので山を持って自伐林家という形も確かにあり得ます。ただ、自伐林家だけで生計を立てる為にはかなりの山林面積が必要なので、自伐林家をやりながら他の業種も組み合わせるという方法を検討しても良いかもしれません。林業で生計を立てるには、林業事業体への就職という道もあるでしょう。実際に地域おこし協力隊を卒業後、丹羽林業さんへ就職した方もいます。

丹羽:うちの会社も、仕事量は増えているのに経験豊富な林業従事者の高齢化が進んでいて、社員の年齢層と経験値が近い将来ガクッと下がることが予想されます。その時のために、新たに人を受け入れて経験者を育てていかなければならないと思っています。

牧:将来、地域で生活していく為に、地域おこし協力隊制度をどう活用していけばよいのでしょうか?


井筒:僕は別の自治体で協力隊を経験しましたが、すごく難しい制度だと思います。与えられた作業をこなすだけでも必ず給料がもらえるけど、任期終了後の準備をせずに、ただ3年間を過ごしてしまうと独立できないし、その後の定住にもつながりにくい。起業するのであれば、協力隊をやりながらも「ちゃんと経営する」という意識をもって実際に事業をやってみたほうがいいと思います。行政側も「給料もらってるんだから稼ぐな」みたいな風潮はよくないと思います。「任期中にしっかり稼げよ」って言ってあげないと、任期が終わってから苦労してしまう。これは協力隊と行政側の共通認識として持つべきだと思います。

宮:3年間なんてあっという間に過ぎてしまいます。厚真町は協力隊の期間にしっかり稼げる仕組みを自ら作ってもらいたいなと思っています。3年間の給料は確保するから目標に向かってどんどんチャレンジして、3年間で経営基盤を作って欲しいです。任期中に稼いで、プラスアルファでお金を貯めるくらいじゃないと、いざ独立となったときに大変でしょうし。協力隊という名前ではありますが、地域のための協力だけをしろということではなく、その人が自立してちゃんと食べていけるようになることこそが、地域の未来のために必要なことだと考えています。

地域に溶け込むことで起こる想定外の展開

明確で詳細な企画書を作り「こんな計画でこんな事業やります」といってもその通りにならないといったことはよくあることですが、井筒さんの場合、西粟倉村に移住する前は予想もしていなかった事業を現在は展開しているそうです。

井筒:西粟倉に行こうと思ったときは、こういう会社を作ろうとは思っていなくて、薪を作ってコンサルを年に1、2本やればいいかな、と思っていました。ある程度の計画をたてて西粟倉に行ってみたら、たまたま空いている宿泊施設があって、温泉つきのゲストハウスをできることになりました。やってみたら、今はそこの売り上げが全体の65%くらいあります。薪やコンサルがどうのというより、宿泊業のほうが稼げた、という結果になりました。

ローカルベンチャーって、地域に溶け込むことでその人なりの新しい役割を自ら生み出していくということなんじゃないかと思います。地域が移住者に何かを期待してそれに応える場合もあれば、移住者のやりたいことが地域の協力があって実現できることもある。結果として地域に新しい事業や役割が生まれていくということがローカルベンチャーなんじゃないかなと思っています。

今年開催される厚真町ローカルベンチャースクールも企画書の提出を求めています。でもそれは、精度の高い作りこまれた企画書というよりは、自分の仮説とか想いの証明が、まずは大切です。やってみないと、どうなるかわからないし、困難にぶち当たった時に本気で悩むことが出来る方には、一緒に試行錯誤して挑戦をサポートしてくれる環境が厚真町にはあります。「農林業がしたい」という夢を諦めかけている方、思い切って飛び込んでみてはいかがでしょうか。



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