何にもないんだから人がやらないことをやるしかない。やったことないことばかりやってた「木の人」、中川貴之さんの厚真町での3年間。

2022年3月9日

2019年4月より厚真町で起業型地域おこし協力隊として着任した中川貴之さん。「木の種社」を設立し、山で木を育てて伐る「林業」、丸太を挽いて板にする「製材」、製材された板から製品を成型する「木材加工」、木に関わるあらゆることに挑戦する「木の人」として活動を始めました。「木のこと」で頼まれたら断りたくない。まずは自分でやってみる。そうやってコツコツと積み重ねてきた3年間についてお話を伺いました。

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―2018年のローカルベンチャースクールを通過し、2019年から協力隊として厚真町で活動を始めて3年。当初思い描いた3年後の様子と今の現在地をどのように感じていますか?

うーん。そうだなあ、まあ、悪くはなかったかな。協力隊にさせてもらえたこともあって体制は整えられたかなと思う。「製材機(丸太から板を取る機械)を入れたい」って言ってた部分は達成できなかった。まあ、もともと入れるためにはお金もかかるし大変なのはわかってたから、来年、再来年とかに入れられればいいかな。地域の木を使ってフローリングを作るだとか、壁板を作るだとか、テーブルを作るだとか、ちゃんと森の木を消費者、出口まで持っていくっていうところは準備ができたなと思う。
木でモノを作るにはいろんな機械が必要で、そういうのはご縁やいろいろな協力があって中古でそろったし、基本的な木材の加工が一通りできるなって、そういう感触を持てた3年間でしたね。

2019年1月。ローカルベンチャースクールで木の板を片手に想いを語る中川さん

―試作したフローリングもいろんな広葉樹を使っていたり、同じものを大量に作るのではなく一本一本の木の個性を大事に使うスタイルですよね。

まあ、スタート時点で僕には何にもないじゃないですか。資本があるわけじゃないし、何か受け継げるようなものもない。一からやるとなったら、人がやらないことをやるしかないんですよね。もちろん安く大量にやる仕事が好きか嫌いか、面白いと思うか思わないかということもあるけど、それよりも人と同じことをやってたら「どうもならん」ってことなんですよね。

―人がやらないことをやるしかない、ってすごくいいですね。

それをいうと「林業」を始めた理由が担い手が少ない、人がやらないニッチな世界ってところからだし、ちょっと天邪鬼なんだろうね。そんな林業の中でもメインストリームではなくマイノリティーな路線っていうのがあって、だいぶん端っこの方に行ってる。行ってるんだけど、そういう生き方を面白いと思って、面白がってやってるところがある。そしてどうやらそこにもニーズがあるぞってことも事実なんですよね。

―やっぱりニーズがあるんですね

ここ10年で随分変わってきたと思う。木を上手に使うデザイナーだとか建築家、若手の木工作家が増えて、動画サイトが普及してDIY人口も増えてきた。そういう人たちも人と同じもの作ってちゃだめじゃないですか。だからいろんな種類の木を使いたいだとかユニークなカタチや地元の素材が欲しいだとかのニーズが出る。DIYも上達してくるとホームセンターにあるものでは満足できないんだけど、そういったことに個別対応してたら普通の製材工場では「効率悪い」で終わり。対応できないんですよね。

中川さんの元へ林業を学びにきた北海道大学の学生と一緒に、試作したフローリングを床に貼る様子

―ユニークな木を使いたいというニーズがあって、中川さんが対応しようとしたとしても求められる木が都合よく出てくることはないですよね?

それは手に入んないですよね。自分の場合、あえて手に入れようとしていなくて風任せです。あれが欲しいって言われても応えられないことの方が多くて。こっちも自分と縁のある現場にあったものでやるしかない。だから「申し訳ないけどあるもので考えてください」って返すんです(笑)。でも、それって自分だけの都合じゃなくて、山に生えてる木がいろいろあって、そこに何の木が生えてるかは選べないんですよね。それがなんらかの人間の都合で伐採されて、なにかの縁があってうちに来るわけじゃないですか。無理をして余分に伐ったり、よそからかき集めてくるとその木が持つストーリーも消えてしまうし、森の持続可能性も保証できなくなる。森の多様性を受け入れる、森を壊さずにやっていくって、そういうことなんだよって。そうやって出てきた丸太は細いとか、曲がってるとかあるけど、それをなんとか工夫して商品にする。こっちはそうやって頑張るんで、そちらも合わせてくれませんか?って話をすると理解してもらえる。時代の流れで、作りたいものに素材を合わせるんじゃなくて、持続可能な中で今ある素材に合わせて作っていく、それが付加価値になると考える人が増えてきたってことですね。自分のやりたいことが今の時代にはマッチしてきているのかなって思います。

植林の現場で荷物を運ぶ中川さん

―厚真町で始めるタイミングとちょうどマッチしていた。

そうですね。林業業界に入って17年になるけど、その始めのころからもしこの流れがあったとしても、技術も知識も人脈も何も蓄えがないから流れに乗れなかったと思う。最初はわかってくれる人はいないし、疑問だけがたくさんあって「思いを蓄える時期」を過ごしたけど、そのときに蓄えてきたものがあるから今カタチになりはじめているんですよね。

―厚真町には中川さんのいう「ニッチな世界観」を共有できる若い林業家が多くいますよね。

町内にある「丹羽林業」さんの存在が大きいですよね。積極的に若手に任せよう、厚真町出身でなくても一生懸命育てようとしていて、ひとりひとりがしっかり林業の技術を習得できるように支援している。そういう懐の広さがある林業会社があること。おかげで若い林業従事者が厚真にはいる。

―そんな仲間と一緒に「一般社団法人 ASTUMANOKI96」も設立しました。

いろいろなプレイヤーが厚真町にはいるけど、それぞれ個人でやっている人も多いから「一緒に仕事する」っていうことはあまりないんですよね。でも、この団体があることで各々の得意分野を活かして横のつながりで仕事ができる。
例えば、このあいだあったのが社会福祉協議会から「木製の感謝状」を作って欲しいって言われて。震災のときに立ち上げたボランティアセンターでお世話になった団体などにそれを贈りたいってことだったんです。その話が最初に自分のところに来て、ちょうど手元に前年に製材してあった被災木のコブシ(厚真町の町木)の板があったんで、それを切って厚みをそろえてサンドペーパーをかけるところまでが自分、そこからNCルーター(木材を加工する機械)で加工するのが坂野君(2021年4月より地域おこし協力隊として着任。林業に携わっている)、この法人のメンバーではないけれど地域でデザイナーとして活動する田中君(2021年3月まで地域おこし協力隊として活動。デザイナーとして活動中)がレーザープリントする。一人じゃ完成形まで持っていけない仕事もみんなで手分けし、地域の人とも協力してやれる。そんな連携ができて。そんなことをするのにこの法人のような形があるのって便利だなと。
それに厚真で林業や森に興味を持った人に対して、この法人が「窓口」になるんじゃないかと思ってるんですよね。僕も含めて個人でやっているメンバーが多いからそこに個別にアクセスするよりも、まとまることでよりアクセスしやすい主体になる。あと、96%から100%にしていこう、厚真の森から出た木で完成系まで一緒にもっていこうとするストーリーが団体の名前から伝えられると思う。

―では最後に、これからも森に関わる仕事をしたいと厚真町で挑戦する人もいると思うのですが、そういう人たちに向けてアドバイスというか一言お願いします。

アドバイス?いやあ、無いなあ(笑)。なんだろうな。思いつかないですね。縁があれば来てください、ってだけですよね。狙ってくるものでもないなと思うし。もちろん来てくれたら歓迎します。
ああ、でもやっぱり自分が現場ばかりに居た人間だからかもしれないけど、まずは一緒に泥臭く現場で頑張ろうよって思います。新しいアイデアだとか外への発信だとかも大事だけど、森や木の仕事は現場技術が大事。そこで経験を蓄えれば後から大切なものはついてくる。一生懸命3年間くらいやれば体で覚えて、森や林業に対しての理解も深くなって言葉や行動にも説得力が出てくるだろうし。
あらためて思えば、自分も「やらせてくれる人」が周りにたくさんいたのが大きいと思う。やったことないことばかりやってきた3年間だったから。「完璧じゃなくてもいいからまずやってみていいよ」とやらせてもらえた。まだ始まったばかりだけれど、だからここまで来れたんだなと思いますよ。厚真町にはこれからもいろいろな機会があると思うから、次に来る人たちもまずはやってみればいいと思いますよ。

中川さんの周りには山に関わりたい仲間が集まる。

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