厚真町をフォローする存在に。地元のお米が恩返しのカタチになる
2025年2月25日

生まれ育った厚真町で、高校卒業後すぐに地元役場に入庁した森田綾(りょう)さん。まちづくり推進課や産業経済課経済部局での経験を通じ、まちと深く関わりながら地域の未来を見つめてきました。そんな森田さんが現在取り組んでいるのは、実家の農産物であるうるち米を活かしたせんべい「うまいべい」の製造・販売です。厚真町は米どころでありながら、お米を使った特産品が少なく、気軽に厚真のお米の味を楽しめる特産品をつくりたいとの思いから始まったプロジェクト。背景には、幼少期から地域に支えられた恩返しをしたいという強い想いがあります。役場職員として地域と向き合いながらも、町内の一人の挑戦者として新たな価値を生み出す森田さん。「うまいべい」が生まれた背景と商品化までの歩み、そして森田さんが抱く厚真町への思いに迫ります。
地元のお米の本当の美味しさを届けたい
ー森田さんの経歴を教えてください。
森田:厚真町の生まれで、地元の小学校、中学校、高校と進学しました。高校を卒業してすぐ、地元の厚真町役場に入り、まちづくり推進課や町民福祉課(現:住民課)を経て、現在の産業経済課に配属となり8年目になります。
ー具体的には、どのような仕事をされていますか?
森田:観光事業と商業支援に関わる業務が中心です。入庁当時担当していた税金や福祉といった典型的な行政業務ではなく、地域活性化に直接つながるような現場の仕事が多いです。
ー高校卒業後、地元に残り、役場を選んだ理由は?
森田:厚真町が好きなので厚真町以外で働く選択肢は考えてなくて、家業である農業を継ぐという選択肢はありましたが、今でなくても良いと思いました。でも、私としては農業以外のことにも挑戦してみたかったんです。地元と関わりながら様々な分野に携われる仕事を考えたとき、公務員がいいなと思いました。
役場には町外から来てくれる優秀な人も多いのですが、その一方で地元出身の若い人が減ってきている状況も感じていました。でも、地元をよく知る人には、地元ならではの視点や役割が求められる。だからこそ自分は「外の人と地元の調整役」という存在でいたいなと思っています。
「町のことなら何でも森田さんに聞けば答えてくれる」と、移住者からも頼りにされている森田さんは、まさに心強い存在です。そんな森田さんが役場職員の枠を超え、「うまいべい」の開発・販売に踏み切ったのには、農業を営む家族への思いがあったからでした。
ー「うまいべい」の開発を始めようと思ったのは?
森田:親孝行がしたかったというのが1番の理由です。家業が農家でお米を作ってるんですが、育てたお米は最終的に周辺地域と混ざって「北海道産」「胆振産」というお米やブランド米になることが多いです。それを知ったときに、実家のお米として世に出ないのは寂しいなと思っていました。実家だけの話ではなく、農家の皆さんは、それぞれ作り方をいろいろと工夫しながら美味しいお米を作っていて、味の違いが出てきます。だからこそ、農家さんそれぞれのお米の特徴をしっかり届ける方法はないのか?と考えていました。また、産業経済課に所属して感じたのは、町内のお土産品がまだまだ少ないということでした。外に出かける際に厚真町ではなく隣町のお土産を持っていく人が多い事実もあって。持っていくものが厚真町産のものであってほしいなと思いました。
ーちなみにいつ頃から商品化を考えていたんですか?
森田:具体的に考え始めたのは、役場に入って産業経済課で働くようになった時なので、8年ほど前ですね。その頃にちゃんとお米の流通の仕組みを詳しく知って、「もっと農家個別のお米の美味しさを知ってほしい」と思いました。直販すれば良いのではと思いましたが、農協に出荷する量が決まっていたり、農家さんも忙しいので直販は難しい現状に気づきました。さらに、2018年の地震で家が全壊し、建て直した際に家族は「これからも農家を続けていく」という決断をしました。そのときに「特産品やお土産品を作って出していきたい」という考えが強くなりました。実際に動き出したのはここ2〜3年のことです。副業解禁の流れや、任意団体を立ち上げる仕組みなどを調べながら、商品化に向けた準備を進めてきました。これまで役場職員の副業は厳しかったので、どんな形で事業ができるかと頭を悩ませていましたが、2023年の秋ごろに町のPRや振興につながる兼業が許可されたので、もう真正面から商品化していこうと決断しました。
お米本来の味と香りが感じられる、温かい「手焼き」せんべい

ー実家のお米のPRの手段として、「せんべい」にたどり着いたのは?
森田:商品化について情報を集めるなかで、米の消費量が下がってる一方で米菓の需要が伸びてることを知って「米菓」に絞りました。実際に米菓を扱う業者さんのラインナップを見て参考にさせてもらいながら商品を考えるなかで、「もち米」の加工と「うるち米」の加工で商品の幅が変わることを知りました。実家は「もち米」は作っていなかったので、「うるち米」で作れる相性の良いものは何かというところで「せんべい」に辿りつきました。
ー商品化まではスムーズに進んだんですか?
森田:構想から発注まで、実は1か月くらいのスピード感でしたね。夢中になると人の話が聞こえなくなるくらい没頭するので、企画は意外と早く進みました。1番時間がかかったのはOEMに対応いただける工場選びだったかもしれません。ロットが何万枚単位の工場だと厳しいので、小規模で対応してくれるところを探し、問い合わせを繰り返しました。その中で手焼きだったら少ないロットでも受けてくれるかもしれないと仮説を立てて探し始め、辿りついたのがサムライ煎餅衛をつくっている株式会社空と大地さんでした。同社のせんべいがとても美味しかったというのも決め手でした。

ー「手焼き」だから一枚一枚、形や焼き目が微妙に違っているんですね。他に「うまいべい」ならではの特徴を教えてください。
森田:子どもから大人まで、安心して食べられるお菓子を作りたいという思いがあったので、食品添加物は極力使わない方針で進めました。せんべいの原料は基本的に米と塩、そして醤油や砂糖などの調味料だけです。余計な添加物を使わず、シンプルな素材で勝負しています。これも北海道産のお米の美味しさがあってこそできることです。もし米そのものが美味しくなければ、この味わいは出せません。種類は4つで定番の塩、醤油、ざらめに加えて、ハーブ塩も出しています。なるべくお米の味と香りが感じられる、「せんべいといえばこれ!」という味を揃えています。自分のおすすめは「ざらめ」です。私自身昔から好きだったので、ざらめせんべいは必ずラインナップに入れようと思ってました。
ー実際に商品が完成して、どんな感想を持ちましたか?
森田:正直、「美味しい」という気持ち以上に「できた!」という喜びが大きかったです。家族も同じように喜んでくれて、自分たちの手でこんな商品が作れるんだという感動がありましたね。商品化の経験を通じて、製造手続きや確定申告といった、これまで経験のなかった経営に関する知識を学ぶ貴重な機会になりました。これまで産業経済課で町内外の多くの経営者の方と話す機会はありましたが、自分自身は経営について全くの素人だったんです。それが今回の挑戦を通じて少しずつ知見が深まり、町内で活動する皆さんとより近い価値観や視点を共有できるようになったと感じています。
町民の半分が知り合い。地元愛がエネルギーになる
ー役場職員としての森田さんも、美味しいお米を作る森田さんも、根底にある思いは同じです。それは、町民の半分が知り合いで、みんなの顔がわかる大好きな地元を活性化したいという情熱。森田さんが抱く地元への愛情と、描いている未来とはどんなものなのでしょうか?
森田:父も母も厚真町出身で、町内でもそれぞれの地区(厚真地区・上厚真地区)に知り合いがいる状態なんですよね。厚真町の人口は4,200人くらいですが、そのうち2,000人くらいは知り合いなんじゃないかって思うくらいです(笑)スーパーに行けば、最低でも1回は「こんにちは」って挨拶する相手がいますし、隣町の苫小牧に行っても知り合いに会うことが多いんです。でも、知り合いが多いからこそ、悪いことはできないですね(笑)。もし何かやらかしたら、すぐ「〇〇さんの息子が」なんて広まっちゃいますから。

ー札幌出身の私からすると想像できないです・・・!町に残り続け、町への愛がもてるのはやっぱり幼少期に良い思い出があったりとか?
森田さん:そうですね。子どもの頃の楽しかった思い出が大きいんだと思います。幼少期は自分の住んでいる近くに同年代の子どもがあまりいなくて、親戚や父の友人、それから近所の農家さんたちとの交流が多かったんです。すごく可愛がってくれて。その記憶が強く残っているんだと思います。幼少期は恩を受ける側だったんですが、大人になった今は、その恩を返す番だと感じています。そういう意味で、うまいべいの事業を担う任意団体は「あつまフォロー」という名前にしています。周りの仲間たちや子どもたちが、僕と同じような境遇で挑戦したい人が出てきたら、自分の得た知見を活かして、なんでもサポートしていきたいですし、地元のみんなが「森ちゃんができるなら、俺もやってみようかな」って興味をもって新しいことに挑戦するきっかけの存在にもなれたら嬉しいと思っています。
ー今後構想していることはありますか?
森田:今後やりたいのは、「かりんとう」の商品化。自分がかりんとう好きなので、お米のかりんとうを作りたいんです。普通は小麦粉でつくるものなのですが、お米でつくれないかなと考えていて、まだ試行錯誤中です。そして、今のうまいべいは自分の家の米100%で作っているのですが、他にもたくさん素敵な野菜やお米を育てている地元農家がいるので、ゆくゆくはみんなのお米や野菜で商品化できないかなというのも考えています。にんじんやほうれん草など、米以外の素材を使って何か新しいものも作ってみたいですね。
あとは、厚真町産のお米専用の袋を作りたいなと思っています。直販している人の大半はホームセンターで売っている既製品の袋が多いんですよね。地域ごとのオリジナルデザインがあれば、自分の産品としてのアイデンティティがもっと出せるのに…と。まちのPRにもつながるように何か厚真版の米袋を作れたらいいなと思っています。
ー今後も町職員として、町民の一人としてまちをPRしていくということですね。
森田:このまちが「好き」というのが自分の原動力になっていて、まちをPRするというのは自分のなかで大前提にあり続けると思っています。例えば今の産業経済課から離れたとしても、まちのPRに関われないのではなく、今後も自分はまちをPRできる手段やスキームを残しておきたいです。自分が今回のようにまちの良さをカタチにすることで、少なからずまちを知ってもらう機会を増やしていると思っています。動いていないときよりは、必ず数値は上がっているはず。まちを知ってもらう可能性がそこにあるなら、これからも自分なりに地域へ恩返ししていきたいです。
取材対象者:あつまフォロー 森田 綾さん
聞き手・文・写真:三川璃子