夜明け前の厚真町。農業、林業…なんでもいいから燃えてくれ

2016年8月6日

岡山県・西粟倉村に続き2つ目のローカルベンチャースクール開催地となった北海道・厚真町。どんな町かといえば、海と山と豊かな自然がある日本中どこにでもありそうな田舎町です。そんな厚真町がローカルベンチャースクールを開催する背景には、数年前から公共民が一体となったまちづくりに奔走している、1人の役場職員の切実な想いがありました。ローカルベンチャースクールの発起人である厚真町役場の宮久史(みや・ひさし)さんの視点をお借りして、このまちに挑戦のうねりが生まれた背景や、このまちに関わる人々の前向きな気持ちに触れていきたいと思います。

黎明の厚真町に朝を連れてくる男

厚真町は、北海道の南部にある町で北は夕張山地、南は太平洋に面しており、厚真川の流域がイコール厚真町の町域で、広大な山林も有しています。農業が盛んで、ハスカップという北海道名産の果実の作付け面積が日本一。新千歳空港から車で約30分と交通の便が良く、札幌へは車で1時間半、千歳や苫小牧などへは30分ほどの距離。自然も利便性もすぐそばにある「ちょうど良い」田舎です。

しかしそんな厚真町でも人口は下降の一途をたどり、現在5,000人を切ります。数年前には過疎地域に該当し、また何十年か前、壮大な工業都市国家を日本が目指していたときの名残から、厚真町の無秩序な都市化を食い止め農地や森林を守る「都市計画区域(その内大部分が市街化調整区域)」の指定を受けていることから、厚真町内で家が建てられる場所は強く制限されています。過疎や人口減であえいでいるのに家を建てられる場所は限定的…。町は目標と現実との狭間で苦悩してきました。観光資源も乏しく、町民が口を揃えて「この町は夜明け前みたいな町だ」と言っていたのが印象的でした。

そんな厚真町に、ローカルベンチャースクール開催の「いいだしっぺ」である宮さんが赴任したのは6年前のこと。大学で林学を学び、民間の法人で働いていた宮さんですが、厚真町の「林業担当者募集」に惹かれて厚真町にやってきます。

宮さん:僕は町役場の産業経済課・商工観光林業水産グループの職員です。早口言葉みたいですよね(笑)。産業経済課は「農業」と「農業以外」とに分かれていて、僕は農業以外その他全部を担当するグループに属しています。主に林業の担当なんですが、今回のローカルベンチャースクールは、地域活性化という位置付けでやらせていただいています。比較的自由に動かせてもらっていると思います。

つまり、ローカルベンチャースクール開催は、宮さんのメインの業務ではない仕事でした。なぜ、宮さんはいわゆる「お役所仕事」からはみ出してでも、ローカルベンチャースクールをこの町でやりたいと思ったのでしょう。

宮さん:僕、西粟倉村の活動自体は7年前くらいからずっと見ていたんですよ。ずっと見ているなかで、途中までは林業再生の王道を進んでいっているなあと思っていました。5年前、札幌での牧大介さん(エーゼロ株式会社代表取締役社長)の講演の中で、地域起業家が村にやってきて村の生態系をつくっているという話を聞き、講演の途中からは強い衝撃で打ちのめされっぱなしでした。林業だけではなく、起業家まで連れてくる、その起業家が魅力になって新たな起業家を呼んでくる。なんて村なんだ。僕らのこのままの取り組み方では、西粟倉村の様にはなれない。西粟倉村だからできたのでは?との考えもよぎりました。…でも、僕は、諦めたくなかったんです。

よそ者が、地域で起業して、まちは活性化して、ひとは夢を叶えていく。…その様は100年以上前に、北海道へ入植した開拓民のそれのようでした。厚真町にも、夢を持ち、ここでがんばりたいと思う人々に来てほしい……。

「諦めたくない」、その想いを抱きながら、宮さんは動き始めます。厚真町役場内のコミュニケーションを密にすることからはじまり、地域おこし協力隊の受け入れ、厚真町産木材を使ったこども園建設の起案など、今までにない新しい試みを発信しカタチにしていくことで、まちに多様で豊かな価値観が萌芽していきます。

宮さん:でも新しいことへのチャレンジは、僕一人では絶対に無理でした。チャレンジをする前には、いつも相談に乗ってくれる上司、一緒に進んでくれる仲間、協力してくれる町民の方がいました。一つ一つ進んできて、更なる挑戦ができそうな雰囲気に厚真町自体がなってきたのでドキドキしながら、牧さんにローカルベンチャースクールの開催をお願いしました。うちの役場は結構チャレンジを許してくれますし、やらないことによるストレスより、仕事が増えようともやれることの幸せを得られた方が楽しいと思います。

厚真町で挑戦する意義とは

厚真町は地域おこし協力隊の事例が豊かな町です。現在、活動中の地域おこし協力隊は6名。農業や林業、サービス業などさまざまな分野で、自分らしく働く土壌づくりを任期3年間で行っています。

地域おこし協力隊OBの小林廉さんは、2008年に平飼い自然養鶏を知り、江別市や札幌市の平飼い養鶏農家で勤務後、農園を開くために土地を探す中で2011年に厚真町へやってきました。地域おこし協力隊として農業研修を経て、2013年に自身の農園「小林農園」を厚真町に開きました。

厚真町役場は、小林さんが厚真町で農園が開けるようにあらゆる面でサポートします。よそ者でもスムーズに土地に馴染めるよう地元の農業者指導者を取り付けることをはじめ、金銭面での相談、住宅のことなども細かくサポートしました。

小林さん:田舎で、どこの馬の骨とも知らぬ僕らが、いきなり農地を借りることはほぼ不可能です。でも、町役場の人たちが一緒に来てくれることで、地元の人々も安心してくれます。地域の人との交渉は、名刺代わりに役場の職員さんに一緒に来てもらうのが一番でした(笑)。

現在、小林さんの奥様の渡辺路子さんも、小林さんに遅れること2年後、移住、そして地域おこし協力隊に着任。路子さんは厚真町役場の観光・広報のデザイナーとして働きます。得意分野を生かして働くことができた一方で、地域おこし協力隊というベーシックインカムがあることで、夫婦の厚真町での生活基盤を整えることができました。

起業のスタートアップに必要なことは様々ありますが「地域」というフィールドでは地縁とつながることがもっとも大事なことかもしれません。その橋渡し役である町役場が隊員一人一人を地域に迎え入れて育て支えていくということを念頭に置き、丁寧に行動しています。地域おこし協力隊の育成のモデルとしても、先駆的でとても優良な事例を多く生み出しています。

今は、町役場自体も、地元と移住者をつなげることで生まれる化学反応を目の当たりにして、「ローカルベンチャースクール」への期待が高まっていきます。

みんなが幸せになれる第一次産業を目指す

1章で触れたように、厚真町は町域の大部分が「市街化調整区域」です。工場や宅地の開発が難しい反面、農地は守られていますから、第一次産業を進めるのに適した土地ともいえます。これまで受け入れてきた地域おこし協力隊の7割は第一次産業従事者で、任期後も厚真町に定住する人が多数います。

厚真町の農業は稲作が中心。農業従事者の高齢化が進んでいることもあり、後継者を含め、新規就農者に来てほしい分野です。一方で、事業としての農業を取り巻く環境は厳しいのが現実です。肉体労働が多く、収入は天候に左右されます。北海道の農業は農繁期の短さからほとんどが大規模農業であるため、設備投資も必要となります。農業の課題は地域の課題と考えて、一緒に取り組んでいくのが厚真町です。

地域おこし協力隊農業支援員を含む新規就農者の良き相談相手であり、技術的指導もする南部さんは言います。

南部さん:新規就農者には、地元のアドバイザーをつけるなど、複数人による支援をしています。農業指導者となる受け入れ農家さんも、志す作物によってこちらで紹介します。あと、僕らとしては、移住するとき、家族や恋人や友人と一緒に来てほしいと考えています。農業は天候に左右されますし、肉体労働もきつい。それが知らない土地ならなおさらしんどいでしょう。しんどい時に寄り添ってくれるような人と励ましあって、ここで頑張ってほしいと考えています。

家族で移住となると気になるのが子育て環境。海も山もある厚真町は抜群の自然環境の良さですが、教育も充実しています。人口5,000人弱の規模で認定こども園から高校まで町内に揃い、今年の4月には、町内2カ所目となる認定こども園「宮の森こども園」が誕生。約6,500㎡という広大な敷地内に、宮さんが「最初で最後の大規模町産材施設だと思います(笑)」と言う、厚真町産カラマツなどをふんだんにつかった贅沢な園舎を持つこども園。「田舎で子育てをしたい」と思っている子育て世代にとって夢のような施設、もちろん待機児童はゼロです。

この地でがんばってほしいからこそ、既存の町民も含めた挑戦者たちの懸念を、町の課題として解決していく。挑戦者の家族の幸せが担保できる土壌の上に、挑戦は成り立っていくことをこの町は知っています。

宮さんのメインの担当である「林業」。厚真町は森林を多く抱えていながら、林業会社が少なく、森林整備の担い手が少ないのが現状です。また北海道の林業の多くは、針葉樹も広葉樹も一般材以外は多くがパルプ市場に流れ、チップとして流通する世界。その一般材も、特に針葉樹では薄利多売的な製品に加工されることが多いの実情です。これでは森林や木材が本来持っている多様な魅力が活かし切れていません。だからこそ、宮さんはそこにイノベーションがあるのではないかと言います。

宮さん:林業の6次化に取り組むことで、今までパルプになっていた木材の中から付加価値を高められるものを取り出していければと思っています。厚真町の広葉樹林は多様な樹種で構成されています。太さや曲がりも組み合わせると、無限に分類されます。それを分けるのは面倒だからと、まとめて全部をチップにしてしまうのはもったいないと思うんです。

従来よりも高い価格で買い取れる材木が増えれば、これまでよりも林業を収入源として考えてくれる方が増えると思いますし、それによって時間が有るときに率先して森林整備をする方も増えるのではないかと考えています。これまでとは違うアプローチで丁寧に木の魅力を引き出して製品化する、林業の6次化を一緒に考えられる人が来てくれないかなと夢見ています。木の出口側を変えることで、森林・林業と人との関わり方は大きく変わると思います。

もともと森林が大好きな宮さんの趣味は「森いじり」。「特に間伐が好きです。伐倒後にフッと手を止めた時に、風に乗って聞こえてくる仲間のチェーンソーの音、一仕事終えた後に森で食べるお昼ごはんと青い空。そんな時間が幸せですね。」。
好きなことを仕事にしてほしい、そして心の豊かさを大切にできる仕事をしてほしい。そんな風に願うひとたちのサポートを受けることができるのが厚真町なのです。

責任は上の世代が取る。厚真町の本気

厚真町長、宮坂尚市朗(みやさか・しょういちろう)さんは、ローカルベンチャースクールについて「独立国家になるつもり、くらいの気概がありますよ」と宣言。

宮坂町長:…それは冗談ですけど(笑)。でも我々北海道民は開拓の歴史を持っていますから、フロンティア精神は強いですね。そして、いつの時代も、道を切り開くのは「人の手」だと知っています。宮くんをはじめ、職員にも「才能を眠らせるな、どんどんやれ」と言っています。でも、基本は押さえなさいと話しています。公(おおやけ)である以上、公平な立場でなければいけない。決める立場である僕らが「健全なえこひいき」ができるように整えなさい。でもいいことはどんどんやりなさい。そして責任は上司である僕らが取りますから。

宮坂町長の言葉に、「ありがたくて涙が出ます」と宮さん。お話を伺ったわたし自身も、町と人への愛情深さやロマンに、胸が熱くなりました。厚真町の本気は、町長の意思にも顕れています。

地域課題が山積する厚真町。停滞する過疎地域を憂いて、ある町民は「この町はなにもない」と言います。けれど、この町には挑戦を恐れない厚真町役場があります。挑戦の先にある、誰も見た事のない厚真町の新しい夜明けが、近づいています。

「なんでもいいから燃えてくれ!と切に願っている」という宮さん、そして厚真町のみなさんが、あなたの挑戦を待っています。あなた自身が主役になれる、そんなフロンティアになることを、この町は望んでいます。



#ATSUMA