復旧ではない「復興」をめざした未来ある住宅

2020年12月17日

2018年9月6日午前3時7分、北海道胆振東部地震で最大震度7が観測されました。ブラックアウト・断水・自宅の倒壊・土砂災害などにより一時1100人を超える住民が避難所で過ごし、その中には自宅に帰ることができず避難所での生活を続けざるを得ない方々もいました。その後、災害救助法で定める仮設住宅が建設され、避難所に残っていた方々も仮設住宅へと生活の拠点を移しました。
仮設住宅の入居期限は原則2年です。厚真町では仮設住宅の入居期限延長も含めて検討を重ねましたが、仮設住宅の使用期限までに新たな住宅を建設することとしました。それが「災害公営住宅」です。今回はこの災害公営住宅の設計に携わった厚真町役場建設課建築住宅グループの江川泰弘さんに「この災害公営住宅に込めた思い」を伺いました。

建設中の復興住宅
9月下旬に完成した上厚真地区の復興住宅

―厚真町で建設した復興住宅について教えてください
復興住宅は、正式には「災害公営住宅」というカテゴリーで原則公営住宅となります。災害により滅失(地震の場合は「全壊」)した住戸の数が一定以上に達し、被災自治体が整備を要望した場合に国の査定を受けて建設・整備に至ることができる住宅となります。よって、入居者は震災以前の自宅やライフスタイルを一度失った形で入居することとなり、そういった入居の経緯が一般の公営住宅と最も異なる点となります。入居を検討する方々からは、団地での生活において生活騒音(特に自身が出す騒音)や生活形態があまりにも変化することに不安を抱く声が多く寄せられました。その様な不安やストレスを抱えては生活再建も難しいと考え、「災害公営住宅」ではこれまでの公営住宅にはない配慮を施すことで、住環境の変化に伴うストレスの緩和や新たなコミュニケーションの形成、新生活を楽しむことに寄与するような造りとなる様に強く意識して整備を進めてきました。

これらの配慮については、東日本大震災や熊本地震等の被災地の方に災害公営住宅整備後に起きた問題点を聞いたりするなど情報を集めることから対応を始めました。実際に情報を集めだすと、想像以上に課題が多くあることわかりました。

―どのような課題ですか?

東日本大震災では被災者の数が非常に多く、その数に対して建設地も限られるため多くの世帯が同じ団地内に生活する集合住宅の形で災害公営住宅が整備されています。そこでは、厚真町の住民の方が不安に思われた騒音問題ももちろんありますが、自宅や家族を失った精神的ショックや住み慣れた場所を離れ、慣れない場所で知らない地域の住民同士で新たなコミュニティを築くことができず、自宅に引きこもるようになり孤独死をしてしまう例も少なくはないとのことでした。これはとてもショッキングな話でした。またストレスから体質が変わりシックハウス症候群を発症してしまう例も多いとのことでした。そのため、コミュニケーションがとりやすく健康に配慮した居住空間を意識した団地計画としました。

北海道胆振東部地震の発災時にはブラックアウト・断水・灯油タンクやガスタンクの倒壊があり、全てのライフラインが遮断され、復旧するには何日もかかりました。それをふまえ、現在は各自宅で緊急時には電気の供給を発電機に替えることができ、それにより電気が早い段階で復旧します。

火災などが起こったときには、火災が起こっている家のインターホンから「この家で火災だ」ということを知らせる警報が鳴るようになっています。もし住人が気づいていなくても周りの方が気づけば消防署に伝えることもできると思います。そうすることで、火元の家からの逃げ遅れが無いように近所の方同士でいち早く確認できるようなると思います。

健康面の配慮として、まずは全館暖房方式としております。火災や火傷のリスク低減として床下に放熱器を設置し、それら放熱器に温水を循環させる床下暖房方式を採用しております。これにより洗面室のタオルウォーマーパネルを除き、暖房器具が床上に存在しないために火傷のリスクはほとんど無く、室内の温度分布も平準化されヒートショックの防止にもなります。ボイラーは壁・床に固定し、地震による暖房器具の転倒及び火災リスクもなく、また震度5弱程度の揺れを感知すると自動停止するようにもなっています。

写真右は家の番号と、物をかけられるフック。写真左は火災発生時に知らせる警報がなるインターホン
ヒートショックを防ぐ暖房。タオル掛けにも使えるようになっている
停電時など、暗くなると自動で光る壁の備え付けライト
抗菌などの効果が期待できる材質を使用した床

―コミュニケーションの面で設計上どのようなことを考えたのかも教えてください。

各住宅の玄関はすべて向かい合うように設計し、さらに広場やコミュニティスペースのような場所も作りました。この場所をふだんは井戸端会議や子どもたちが遊び場に使うことができ、災害時には集まってみんなで避難所に移動できることを想定しています。

ご年配の方も今後新しく住む若い方も全ての人が快適に、そしてみんなの輪に溶け込みやすい空間にしたいと考えました。土間があって、家庭菜園ができる場所があると「何を飾ろうか、何を植えようか」などと考えてもらえるんじゃないかと。「何をしたらいいんだろう」じゃなく「何をしよう」。それってとても前向きな言葉だと思うんです。新たな生活を始める住民の皆さんが少しでも快適に生活して欲しいと願っています。

町ができる範囲ではありますが、今お伝えしたような工夫をしてみました。玄関があって部屋、キッチン、トイレ、お風呂があるという普通の住宅の造りでも、復旧は果たせます。でもそれは、単純に復旧であって「復興」ではないんです。復興住宅も1年が経つと公募できるようになり、何年も先にはこの復興住宅に新しい方が住むようになるかもしれません。町外の方から見て「普通の住宅よりもむしろ住みたい」と思えるような住宅にすることで、移住してくれるきかっけになれば、それもまた「復興」の一助となるのではないかなと思います。

厚真町では、震災から2年が経過し土砂崩れのあった場所には土砂止めが打たれるなど復旧が進んでいますが、復興はまだまだ始まったばかりです。厚真町には自力で頑張っている方がたくさんいらっしゃいます。以前と全く同じ元の姿に戻ることはありませんが「以前よりももっとよくしていこう」、そう思いながら住民の皆さんとともに厚真町は日々「復興」に向けて歩を進めています。



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