「農業6次化で稼ぐ戦略会議」厚真町ローカルモーカル研究会vol.1 レポート
2017年12月21日
様々な分野で最先端を行く経営者の人生や見据える未来の話を聞きながら、地域におけるビジネスの可能性を研究する「厚真町ローカルモーカル研究会」。ローカルでしっかり儲けていくための学び、気付き、きっかけ作りの場として、全3回を予定しています。
第1回目のテーマは「農業6次化で稼ぐ戦略会議」。講師には、鳥取県八頭町で大江ノ郷自然牧場を経営する有限会社ひよこカンパニー代表取締役の小原利一郎さんをお迎えしました。
大江ノ郷自然牧場は平飼い養鶏(※)を実践し、1つ100円の卵「天美卵」を全国に販売する傍ら、2016年には農と食のナチュラルリゾートをコンセプトとする体験型施設「大江ノ郷ヴィレッジ」をオープン。
たった一人で始めた養鶏が、100名の雇用を創出する会社になるまでのエピソードとともに、農業6次化をはじめとする、地域で展開するビジネスについてお話しいただきました。
※平飼い養鶏・・・鶏をケージ(かご)で飼育せずに地べたで飼育する養鶏方法。
自然に近い形で鶏を飼いたい
鳥取県の養鶏農家の長男として生まれた小原さんは、実家や大規模な養鶏場などで養鶏に携わるなかで、平飼い養鶏を志しますが、コストや販路などの壁を超えることができず、一度は諦めてしまいます。
小原:県外の学校を卒業して鳥取に戻ってきて、実家の養鶏場で働くことにしました。これといってやりたいことがなくて始めた養鶏でしたが、やってるうちにだんだん楽しくなり、その後、実家とは別の大規模な養鶏場で働くことになりました。そこでは、ケージ(鶏かご)が縦に積んであって、空調や給餌も全自動。今は主流のやり方ですが当時は全国から視察にくるような最新鋭の養鶏場で13万羽を1人で管理できる設備に、私は素直に「すごいな」と感じていました。
ただ、自分が日々扱っているのは、鶏そのものではなくそれを管理する設備のスイッチ。鶏を飼育している感覚とは少し離れていました。鶏も、1つのかごに6羽が押し込まれた状態で飼育されているので、ストレスでお互いをつつき合ってしまいます。そういった光景を見て、私自身も少し疲弊していきました。
そんな時に、ケージから脱走した鶏がいたんです。狭いケージに押し込まれ、卵を産む道具のように扱われてきた鶏が、ケージの外で自由に動き回り、嬉しそうに地面をつつく姿をみて、こうやって鶏を飼いたいなと思いました。
そこで、父に平飼い養鶏を提案しました。しかし、当時は卵も野菜も、ある程度、市場の相場というものが決まっていましたから、品質のいいものを作っても取引価格は変わりません。大量に生産していかにコストを下げるかが勝負の時代でした。平飼いはコストがかかりますし、大量生産も容易ではありません。卵をどうやって販売していいかわからなかった私は、父を説得することができませんでした。この時は諦めてしまったんです。
実践したい在り方の農業で食べていくための、経験やノウハウがなかった小原さん。その後、転職してサラリーマンを経験する中で、もう一度、平飼いの夢に挑戦したくなるような出会いがありました。
小原:養鶏の現場を離れて、今度はお客さんとして養鶏農家さんと接する機会のある仕事に就きました。そしてある日営業先で出会ったのが、さほど忙しそうに見えない養鶏農家さん。というか、いつも事務所で居眠りされているような方でした(笑)。でもお話を聞いてみると、自分で作った餌で鶏を育てて、価値のある卵を生産してお客様に直接販売していて、なんと年収が1千万円もあるといいます。必死に働いて、それでも金策に苦労している父の姿を見ていましたので、居眠りしていても年収1千万も稼げるなんて・・・と、びっくりしました。
きちんと商品に値をつけることができれば、高く売ることもできるし、利益も出せることがわかりました。結局のところ、市場の相場が悪いとか、場所が悪いとかじゃなくて、自分次第で変えられる。
そう気づくことができ、一度は諦めた平飼い養鶏をやろうと決心し、1994年に鳥取東部の山あいにある船岡町大江(現 八頭町大江)で創業したのが、大江ノ郷自然牧場です。
実家のある鳥取市ではなくこの場所を選んだのは父の故郷でもあり何よりも田舎だから。水や空気がきれいな自然に恵まれた環境で育った鶏の卵に価値を見出せると思いました。都会で同じ事をやっても説得力がありません。実現したい養鶏に適していると思いました。
平飼い養鶏の夢を叶え、卵の販売を開始した小原さん。卵の価格は1つ100円と、一般的な卵の数倍の価格をつけました。これは、卵の価値や流通方法を踏まえたうえでの価格設定でした。
小原:豊かな自然の中で、自家配合した品質のいい餌を与えて、平飼い飼育で健康に育てた鶏の卵。これを「天美卵」と名付け、価格は1個100円に設定しました。当時、大手の鶏卵メーカーさんが販売していた一番高いブランドの卵の価格が1個100円で、どんな卵なのかは知っていましたから、同じくらい、またはそれ以上の価値がある天美卵も、これくらいで売ってもいいと思いました。
また、農協や中間業者に売ることはせず、採卵した卵を牧場でパック詰めして、お客様のお宅へ自分の車で直接お届けする方法で販売しました。一般的な農業だと、農産物を作って農協などに販売するわけですが、流通していくうちに末端価格は2倍くらいになっているはずです。農産物も工業製品のように最終的な売値から逆算してもいいのではないかと考え、原価や流通経費はこれくらい、と計算した結果、売り値は100円が妥当だという答えになりました。
もちろん、最初から売れたわけではありません。1個100円の卵は、やはり高いです。イベントに出店して1パックしか売れないことや、卵が余って捨てなければならないこともありました。
創業半年で廃業の危機を迎えてしまったんです。さすがにまずいと思いまして、無料で配布して、まずは食べて価値を感じてもらうことにしました。ただ配るだけでなく、どんな人間が、どんな材料で、どんな想いで、どうやって作っているかを説明したうえで食べてもらって、ようやくおいしいって言ってもらえたんです。また食べたいと言って買ってくださるお客様も徐々に増え、、やっと売れ始めました。その後、通信販売も始め、10年以上かけて少しずつ着実に全国に販路を広げ、今ではたくさんのお客様が天美卵のファンになってくださいました。
卵を売りに「行く」から、買いに「来てもらう」へ
販売開始から約10年後、宅配や通信販売で卵が順調に売れるようになった大江ノ郷自然牧場は、卵をお菓子に加工して6次化をスタートします。後に直売所も建てることになりますが、選んだのは人口の多い場所ではなく、あえて牧場の近くでした。
小原:うちでは、創業して数年たった頃から毎月欠かさず、お客様に「大江の郷たより」という通信を発行しています。鳥取や八頭の事、四季の事、牧場の事、鶏の事、時にはペットの猫の事など、内容は多岐に渡りますが、全て自分たちや牧場の身の回りのことです、そのうち、通信をお読みになったお客様から「牧場に行ってみたい」という声をいただくようになりました。
ただせっかくお越しいただいても、当時、牧場には鶏舎と掘っ建て小屋しかないような状況でしたので、なかなかゆっくりしてもらえませんでした。
本当は、卵をお客様の手で拾えるような牧場を作りたかったのですが、鳥インフルエンザや病気などのリスクを考えると、なかなか難しくて。それなら、女性のお客様も多いことだし、卵を使ったお菓子でおもてなしをしようと思い、2008年に小さなカフェを併設した、卵とスイーツの直売所「ココガーデン」を牧場から300mほどの場所に建てました。
そもそも、牧場がある場所は、鳥取市から車で約40分。国道からも離れていて、用事のない人はまず来ないような場所でした。牧場の前を通るのは、うちより奥にある小学校の関係者と数世帯の住人の方、あとは宅配業者くらいでしたね。
マーケットリサーチをお願いしたら、間違いなく出店してはいけないところ、と言われるでしょう。
それでも、牧場の近くに建てました。理由はシンプル、ここに牧場があるからです。どんな場所に牧場があって、どんな環境で鶏が生活しているかを知ってもらいたかったんです。
当初は、それほどたくさんのお客様がお越しになるとは考えてはいなかったんですが、いざ開店してみると、1年目から約3万組5万人くらいの方が来てくださったんです。
私もびっくりしましたし、近所の方たちもびっくりされたと思います。今まで誰も知らなかった大江の名前が鳥取中に知れることになりました。
天美卵の販売を通じてファンになってもらえたお客さんをもてなそうと、牧場の近くに「ココガーデン」をつくった小原さん。予想を超える来客は、田舎でも人を呼ぶことができるという確信に繋がりました。卵の価値をわかってもらうことから始まり、「買ってもらう」から「買いに来てもらう」といったお客様とのコミュニケーションが進む中で、小原さん自身も卵を売ることから、その価値を伝えられる場を作ることへ進展し、そして少し先の地域の未来を計画するようになります。
小原:直売所を建ててから2年後の2010年に、「大江ノ郷を観光地にする。2020年までに年間来店者数30万人を目指す」という計画を立てました。
私はずっとここを観光地にしたいと考えていました。田舎の基幹産業は一次産業と思われがちだけど、やっぱり観光じゃないかと思うんです。観光地になり、地域の外から人が訪れるようになることで、農業も飲食業もつながって、地域全体で盛り上げることができます。
ただ、こんな夢みたいなことを言うと、「頭がおかしい」と言われるかなと思い、ずっと心に秘めていたんです(笑)。でも、「言葉にして発信することによって実現できる」と言ってくれる方もいて、思い切って言うようにしました。2年間で少し実績もつくれたことだし、言っちゃえ、と。社員の前で発表しましたし、取材に来たメディアにも話すようにしました。そうすると、行政も金融機関も、地域の皆さんも応援してくれて、協力してくれるようになりました。
やがてココガーデンはカフェスペース増床などを経て、年間10万人以上のお客様お越しいただくまでになりました。そして、2016年には計画の目標である年間来店者数30万人を達成すべく、ココガーデン裏手の丘の上に、「食と農のナチュラルリゾート」をコンセプトにした巨大なテーマパーク「大江ノ郷ヴィレッジ」をオープンしました。
建物の中には、お菓子・パン・うどん・総菜・レストランなど複数の店舗が並び、農業と地域と人をつなぐことを目指して、加工体験や農業体験ができる施設もあります。とても個人が建設したとは思えない大きな建物で、金融機関もよく融資してくれたな、と思うこともありますが、私が夢について話すようにしてからいろいろな方の協力を得られて、追い風が吹いたように感じます。おかげさまでさらに多くのお客様にお越しいただいています。
売れなければビジネスとして成立しない農業6次化
大江ノ郷自然牧場では、加工品の開発に取り組むまでに10年以上の時間をかけて販路を開拓してきました。小原さんは6次化を成功させるにあたり、生産(1次)加工(2次)よりも、販売(3次)の部分でビジネスとして成立させることの難しさを話します。
小原:生産者が6次化を意識するきっかけは、「B品を何とかしたい」という想いではないでしょうか。正規の価格で売れない規格外の商品や、余った商品を加工して新たな商品として売りたいという気持ちはわかります。私もそうでした。
今まで生産をメインにしていた農家さんが加工品を作ることは、それほどハードルが高いとは思いません。しかし、加工した商品を売るのはすごく大変なことなんです。作ったけど売れなかったという農家さんがあまりにも多い気がします。
6次化が成功する確率を上げる為には、ビジネスを勉強してからのほうがいいかもしれませんね。特に、生産したものを卸ではなく、末端消費者に直接販売する経験は積んだ方がいいと思います。
私も、最初の店舗を出すまで10年以上、宅配や通信販売でお客様に商品を直接販売して、時間をかけて信頼関係を築きました。「大江の郷たより」を読んでいるお客様は、「鳥取に親戚がいるみたい」と言ってくれて、店舗を建てたときも口コミでここの存在を広げてくださいました。
昨今は6次化に関する補助金も多く、行政が背中を押してくれることもあり、昔より6次化に挑戦しやすい環境ですが、売れなければビジネスとして成立しません。何をどんな作り方で、誰にどうやって売るか、というビジネスの部分を理解しているかどうかが一番重要ではないでしょうか。
補助金に関しても、目的と手段が逆になってしまわないように気を付けた方がいいと思います。補助金を獲得することが目的になってしまう事がありますから。うちの場合、補助金が事業計画の内容とタイミングにマッチしていたら、ありがたく使わせていただきますが、補助金に合わせた計画の変更などはしません。補助金は1つの手段として、「使えたら使う」くらいの気持ちでいたほうがいいかもしれませんね。
特徴のある「いい商品」を作れば、自然に売れるのではないだろうか、と考える生産者もいるでしょう。 しかし、小原さんは、「お客様はどんな商品だったら欲しいと思うか」といったお客様の発想を起点として商品やサービスを生み出すそうです。
小原:自分の作った農産物で作った加工品ですから美味しいと感じるかもしれませんが、美味しいかどうか、いい商品かどうかを判断するのは生産者ではなくお客様だと思います。たとえ品質的に価値のある商品だとしても、お客様に欲しいと思ってもらえなければ売れません。
うちの場合は、「こんな商品があったら食べたいと思うんじゃないかな」「こんなことをしたらお客様は行ってみたいと思うんじゃないかな」といった具合に、お客様の立場になって考えてみたことを商品やサービスに繋げていきます。天美卵を売り始めた20年前は今みたいにインターネットも普及していませんでしたから、お客様が鶏の飼育環境や餌について知りたいと思っても情報を手に入れることが容易ではない時代でした。今ほど食の安全性を意識する方も多くなかったですし、スーパーで売られている卵がどんな卵なのかを知る機会も少なかったはずです。こういった時代に、もしも「一般的な卵とは違う、自家配合した餌を与えて平飼い飼育した鶏の卵」があったら、食べてみたいと思うんじゃないかな、と考えたんです。みんなが欲しい商品ではないけれど、欲しいと思う人はいるんじゃないか、という発想から天美卵は生まれました。
初めは「100円の卵なんていらない」と言われたけど、作ったら「欲しい」という方がいて、広まっていきました。山奥にお菓子屋さんを建てても、「こんなところに誰も来ないよ」と皆さん思っていたでしょう。でも、たくさんのお客様が来てくださいました。
きっと、誰も思いつかないところに感動が生まれるんだと思います。お客様が「こんな商品が欲しい」とすぐに思いつくことではなく、思いつかない、思いつく以上のことを考えて、なおかつ欲しいと思ってもらえる価値を創出するようにしています。
地域への影響を認め、つながって、盛り上げる
都会に進出するのではなく、地域に事業を拡大していくことは、少なからず地元の方たちの生活に変化をもたらすでしょう。地域への影響を認めたうえで夢や想いを説明することにより、地域から応援してもらえる存在になった大江ノ郷自然牧場では、地域一体となって町を盛り上げていく取り組みを行っています。
小原:私たちがやっている畜産という産業は、公害産業だと思っています。動物を飼うと、匂いや騒音で周辺に迷惑をかけてしまうこともあります。できれば、家の近くに来ないでほしいというのが本心じゃないでしょうか。でも八頭町や地域の人たちは温かく迎えてくれました。
また、店舗を始めた頃は、いきなり車が増えたことで懸念されたこともあったと思います。これからさらに人が増えると聞いて「少し嫌だな」と思った方もいらっしゃったようです。でも、地域の皆さんにも私の夢の話を聞いてもらった結果、今は皆さん本当に協力的で、応援してくださいます。町に活気が戻ることは好意的に見てくれているのかな、と思います。
こういった背景もあり、大江ノ自然牧場は地域とのつながりをとても大切にしています。地元の農家さんの農産物を使用した商品の開発や、休耕田を活用した飼料米作り、そこに地元の小学生を招いて食育イベントを行ったりしています。
また、地元の事業者さんの米ぬか、おからなどの廃棄になるものを鶏の飼料にする、牧場の鶏糞を肥料として農家さんに活用していただくといった、地域一体の自然循環型農業も進めています。
行政との関係も良好です。八頭町は行政が前に出ないというか、自由にさせてもらえる上に、後押しをしてくれる町です。もちろん、それなりの結果を出してきたこともありますが、施設を作る時も町が動いてくれました。農地の関係で開発の制限がある土地でしたが、国に特区の申請をしてくれましたし、他にも、うちがやりやすい形をとってくれます。ある意味、依怙贔屓ですね(笑)。
それによって、町にたくさんお客様が来てくれますし雇用も生まれますので、行政も応援しやすい部分もあると思います。
地域の皆さんや、行政、金融機関、社員たちが私の夢を信じて、協力してくれる。これは裏切れないなと思いますし、皆さんの期待に応えたいという気持ちが、経営者である今の私のモチベーションです。
おかげさまで「年間来店者数30万人」の目標は2020年までに達成しそうです。それを見越して、今は「30万人」ではなく、「57万人」を目標にしています。鳥取県の人口が57万人なので、それを超えようと思っています。 たった一つの卵から始まった大江ノ郷が、県の人口以上の人を呼ぶことができたらインパクトも残るかな、と思っています。
もっともっと、鳥取を、八頭を盛り上げていきたいですね。
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今回の厚真町ローカルモーカル研究会には、厚真町内外の農業者、事業者、行政関係者、地域おこし協力隊など地域を舞台に活動する方が多く集まりました。
たった一人で始めた養鶏から、地元を観光地にしようとまい進する小原さんのお話は、今回のテーマでもある「農業の6次化」はもちろん、「個人で始める事業」「付加価値を付けた一次産品の開発」「顧客への直販」「地域で展開するビジネス」といった様々な角度からヒントや気付きを見つけられたのではないでしょうか。
第二回の厚真町ローカルモーカル研究会は、「農家×JA×行政の連携塾」をテーマに開催しました。講師に有限会社トップリバー代表取締役 嶋崎秀樹氏をお招きし、農家・JA・行政の3者連携が可能にする農業の未来について伺いしました。後日アップしますので、どうぞお楽しみに。