厚真町の「環境保全林」 プロジェクト。みんなで森を楽しみながら「森のものさし」をつくっていこう（後編）

　北海道大学名誉教授の中村太士さん、厚真町役場職員の宮久史さん、『エーゼログループ』代表取締役CEOの牧大介さん。3人が専門としている共通項は、森です。
立場は異なるものの、森や自然への熱い思いを持っています。そんな3人に、厚真町の広大な森「環境保全林」についてアイデアや思いを語ってもらいました。
ときめきながら、笑いながら、真剣に未来を見つめながら。
森に愛情を注ぐ時間となりました。
前編 に続く後編です。

プロフィール
中村太士（なかむら・ふとし）さん
環境学者・生態学者。北海道大学名誉教授。愛知県出身。北海道大学大学院農学研究科修了。農学博士。1984年より同大学に勤め、2000年より教授に。1990～92年まで、米国森林局北太平洋森林科学研究所に留学。2018年、北海道科学技術賞受賞、紫綬褒章受章。日本森林学会会長、日本生態学会代議員、応用生態工学会副会長などを歴任。24年3月に同大学を退官。環境省中央環境審議会委員、釧路湿原自然再生協議会会長など、各種審議会でも活動中。『流域一貫』（築地書館）、『河川生態学』（講談社）など、著書多数。

宮久史（みや・ひさし）さん
厚真町役場 産業経済課 林業・森林再生推進グループ兼経済グループ職員。岩手県出身。北海道大学大学院にて森林科学を学び、持続可能な社会づくりを模索。博士課程修了後、札幌のNPO法人に就職。研究を続けてきた林業への関わりを増やすため、2011年に厚真町の林務職に転職。研究成果を現場に活かすことを目標に、林業振興施策や町有林管理、野生鳥獣対策に従事。18年の北海道胆振東部地震以降は、地震による崩壊森林の再生にも取り組んでいる。

牧大介（まき・だいすけ）さん
『エーゼログループ』代表取締役CEO。京都府出身。京都大学大学院農学研究科で森林生態学を学ぶ。同大学院修了後、民間のシンクタンクを経て、『アミタ持続可能経済研究所』の所長として森林・林業の新規事業の企画・プロデュースなどを各地で手掛ける。2009年より『西粟倉・森の学校』を設立し、木材・加工流通事業を立ち上げる。15年に『エーゼロ（当時の名称は森の学校ホールディングス）』を設立し、移住起業支援事業、ローカルベンチャー育成事業などを行う。16年より「厚真町ローカルベンチャースクール」の運営を行い、メンターとして関わる。23年に両社を合併して社名を『エーゼログループ』にし、現職に。

「森の何を大事にしたいか」から始める

―今後の「環境保全林」について、どういうものを大事にして進めていくといいと思いますか。

　中村：地域がこの森に何を求めるか、ですよね。例えば、人が集まる場、散策、薪など。そういうものを大事にしたいときは生態系サービスを事業にして、訪れる人たちがそれぞれ大事なものを感じ取れるといいんじゃないかな。外から来た人の「こういうものも大事」という意見も重要で、ハッとさせられることがあるかも知れません。

牧：まず森に関わる人たちがいて、「その人たちが何を大事にしたいか」から始め、また後から入ってくる人たちの意見も参考にしながら積み重ねていく感じでしょうか。

中村：そういうボトムアップでいいんじゃないかな。トップダウンで何かを決めてしまうと、外側から枠をはめたようになって、楽しさが感じられなくなるのでは。

宮：人によって大事だと思うものが違うことも大事ですよね。僕は森で木に目がいってしまいがちですけど、この森に来た人たちの多くがクマゲラなどの鳥に反応するんです。

自分が大事だと思うものを 知る機会と、知っている人を増やしていくと、例えば「俺、あそこの森にモモンガがいるのを知ってるから、そこは絶対守ってほしい！」という声が積み重なってくると思うんですよね。

牧：そういうみんなが入りやすい入口を、町民の方、特に町の子どもたちにどういうふうに用意できますかね。僕は物心ついた頃から生き物好きなんですけど、たしかに子どもたちみんなが生き物好きではないでしょうし。本当にときめく場づくりは、どうしたらできそうでしょうか。

宮：ときめいている人と一緒に森を歩くと、楽しいんですよね。案内している人がときめいてなかったら、こちらもときめかないということがあるような気がします。だから、ときめいている人たちに来ていただくのがいいんでしょうね。

中村：ときめいている人がいれば、あとはきっと自然に集まってきますよ。集まって小屋をつくったり、椎茸を育てたり、山菜を採って天ぷらにしたり、楓の樹液を採取して飲んだり。そういう手を動かすことや食と結びつくことをやったら楽しいですよ。

牧：中村先生が誰よりも森を楽しんでいますね。

中村：そんなことないですよ（笑）。僕は研究ベースでやってきましたけど、今は、チェーンソーを持って仲間たちと森に入ったりしています。そのときに森に集まるおじいさんたちがとてもおもしろくて、小屋を建てるにしても、いろいろなことをよく知っているんです。知恵を教えてもらって、そのおかげで「違う形の世界を知った」と思っています。

牧：そういう知恵や技術を未来に繋いでいくことも大事ですね。

自然への畏怖を持ちながらも、ポジティブに試していく

―森は、知恵や知識があるとより楽しめる部分がありそうですね。

　中村：例えば人工林の主伐時に一部の樹木を切り残す「保持林業」をやれば、多様な生物が住める森になるかもしれません。そういう専門的なことをする場合は、一般の方たちが主体的に進めていくのは難しいので、研究者に参加してもらってリードしてもらう。そんなふうに実験的な森として利用して、黒松内町のように町民がその研究成果を毎年聞けるといいよね。ただ、進めていくときの注意点もあります。動物生態学者で北海道大学の名誉教授である石城謙吉（いしがき・けんきち）さんは、「森にせよ、川にせよ、自然を扱う技術が最も多く過ちを犯すのは、いわゆるマニュアルに沿って何も考えずに行われたときである」という意味の文章を書いていらっしゃるんです。

つまり、自然を扱うときには、確かめながらおそるおそるやることが大事だ、と。橋や道路をつくる技術とは違って、「自然を取り扱う技術は彫刻と似ている」とも書いていらっしゃるんです。骨格を固めて、少しずつ手直しをしながら完成に近づけていく。それが一番正しいと思います。おそるおそるやるというマインドはすごく大事。職人でも、すべてにおいて、怖さを実感しながらやる人ほど信頼できる人はいないと思うんです。

牧：そうですね。多くの一般の方は「森の専門家は森をコントロールできるんだろう」と思っているかもしれないけれども、実は本当の専門家たちは自分たちで森をコントロールできない。おそるおそる関わりながら育てているのが森なんだ、という。

中村：ネガティブな意味ではなくて、自然に対して謙虚になるのは大事かな。自然に対する畏怖を持ちながら、いろいろ試していく。また厚真町は、2018年の北海道胆振東部地震の被害を受けたところです。「環境保全林」では被害は少なかったけれども、町内には被害を受けた森もあるので、そういった場所とも繋がりを持つのもいいかもしれません。生態学的な観点で、シカやクマ、草本類を含めた動植物と崩壊森林との繋がりでもいいし、震災で一度崩れたけれども人間が木を植えることによって元の姿に戻そうとしている森と、自然に戻ろうとしている森が両方あるので、それぞれを見比べながら地震を語り継いでいくこともできます。百聞は一見にしかずで、いろいろな形でこの地域の未来に対して思いを馳せる人が増えることが良いんじゃないかなと思います。

人が森に入ってどう楽しめるかが自然と「森のものさし」になる

―未来に向けてどういう森を贈っていくのか、「森のものさし」についての考えをお聞きできればと思います。明治時代になり、1869年に蝦夷地が北海道に改称されてから約150年経ちましたが、厚真町では 150年先の未来の森を意識して行動することも、今を生きる人の幸せを生むのではないかと考えています。

　牧：僕が宮さんと中村先生にお伺いしたいのは、森がどうあるべきか。人の幸せも含めて、森がどうあるべきかを真剣に考えるほど、それぞれの幸せ、それぞれの「ものさし」があるわけじゃないですか。「森のものさし」って、難しいなと思って。

中村：全部満たそうとするのではなくて、みんなでつくっていけばいいんですよ。「こうあるべきだ」と思って将来その通りになるのってつまらないし、そもそもそうならないですよ。親の思うようにはならない子育てと一緒です。「自由にしていい」という場が用意されて、そこにいろいろな価値観を持った人が通って、勝手に幸せになってくれればいいなと（笑）。自分たちでは価値が見えないケースは多いので、先ほども言ったように、外から来た人たちが「価値の見える化」に貢献してくださるような気がします。新しい価値観、新しい「森のものさし」を持ちこんでくれるのでは。そういう人たちも集まれる森、いろいろな価値が共有できる共生の森にしていけばいい。それは固定されず、あくまでも進化していくものとしてね。

宮：僕は、喜びが生まれる場であってほしいなと思いました。もう少し違う言葉で言うと、多様性も含めて豊かで楽しければいいなと。その豊かさや楽しさを守りたいし、守りたいからこそ測りたい なと。

中村：同感です。人が森に入ってどう楽しめるかが自然と「森のものさし」になるんじゃないかな。

牧：今日、中村先生や宮さんと森を歩いて、たくさんお話しして、「『森のものさし』にはみんなで育てていくプロセスがあるな」というのは一番腹落ちしたところですね。あとは、おっしゃるように、みんなで楽しめるといいですね。僕が日頃の仕事で意識しているのは、「おいしい」「楽しい」「嬉しい」を増やしてみんなで分かち合い、それをひたすら重ねていくことです。それこそが、人と自然が幸せになる道なのではないかなと。みんなで楽しみながら試行錯誤していく。すると知恵が蓄積して、いろいろな人の思いが刻まれていく。それを積み重ねることが、森を育むということなんじゃないかな。150年後に繋いでいけたら、とても素敵な場所になりそうだなと思いました。

宮：肩肘を張るより、みんなで「森のものさし」を育てる視点が必要ですね。

集まる人がワクワクしていれば、未来の森は進化していく

―最後に、「環境保全林」に思うこと、または今感じていることを教えてください。

　中村：これまで森の価値の見える化や、見える化の議論などを各地でしてきましたけど、「その森の価値を最も知らないのは地元の人だ」という話をよく聞きます。地元の人ほど、森が当たり前の風景になっているんですよね。でも当たり前の価値って、失われると、一番根本にあって最も大事な価値だったと人々が気づくと、歴史的に分かっています。見える化するとき、見えていない人たちにいろいろな特徴を見せるのはとても大事だなと思っていて、その形こそが森を贈る、長い時間を超えて伝えていくときの一つの重要な軸になってくるんじゃないかなと感じました。

宮：森に関心を持ち、仲間になってくださる人はまだまだいると思いますし、「環境保全林」の可能性を改めて感じました。 個人的には、森の全部を知っているわけではないのに、知っているような気持ちになってしまうのは危険だなと改めて思いましたね。また太士さんにアドバイスをいただきながら、進めていけたらと思います。

牧：中村先生は、森にときめき続ける力のある人をたくさん育ててこられて、森と森のときめきの“火種”になる人を大量に抱えられています。「環境保全林」にそういう人たちに来ていただいて、ときめきの“火種”が広がるような焚き火を進めたら、ここがすごい場所になるのではないかなと思いました。

中村：その仕組みも、だんだんできてくればいいと思うんです。自然にいろいろな人が入って、入れ替わっていい。ただ、最初の“火種”というかきっかけは、いくつかあったらいいですね。集まる人たちがみんなワクワクしていれば、次の新しい人たちが来てくれて、未来の森は今我々が考える森以外のものとして、きっとまた進化していくと思います。

―これからが楽しみです。みなさん、ありがとうございました。

聞き手・文＝小久保よしの
写真＝三戸史雄