広がる、羊ビジネスの可能性。あづまジンギスカンのブランドを守り、町から羊を絶やさぬために

2018年2月23日

「タロちゃんー。ペコちゃんー。まりあっちー」。1頭1頭に名前を付け、人間の子供たちに接するように羊を集める山田忠男さん。名古屋での教員生活を終えて故郷へUターンし、厚真町で唯一の羊農家として暮らしています。当初は羊を飼うとは夢にも思わなかったそうですが、今では羊たちが持つ“癒し”にどっぷりと浸かる毎日。あづまジンギスカンのブランドを守るとともに、短い命を全うする羊たちの幸せを願って取り組む“健康でおいしい羊づくり”に妥協はありません。山田さんは、厚真町から羊を絶やさぬためにも、羊による新しい取り組みにチャレンジしてくれる起業家をサポートしたいといいます。

第2の人生は、町で唯一の羊飼い

– 現在の経営規模を教えてください。
山田:大人の羊が16頭。今年生まれた赤ちゃん羊が10頭。全部で26頭の羊を育てています。純粋なサフォーク種は1頭のみで、あとはテクセル種との掛け合わせです。一番多い時で78頭まで増えましたが、自分の体力に応じて少しずつ頭数を減らしてきました。その分、目が行き届いて手を掛けられるから病気にならないし、1頭1頭よく太ります。太れば、肉に出したときに高く売れるんです。

– 山田さんは厚真町出身ですが、定年退職したら地元に戻ろうと考えていたのですか?なぜ羊を飼おうと思ったのでしょう?
山田:もともとは田舎暮らしだったので、やっぱり都会よりも心が落ち着きますからね。教員の仕事を終えたら地元で農業をやりたいと考えていました。でも、最初は羊を飼おうとは全く思っていなかったんです。私が名古屋から戻って来たのは平成17年でしたが、当時、北海道では確実に過疎化が進んでいて、農業を基幹産業とする地域は新規就農者でも割と参入しやすいタイミングでした。まずは小さなハウスで野菜を作ることにすれば農業委員会に就農を認めてもらえると思っていたのですが、なかなか厳しかった。そこで、友人に相談したところ「羊が見直されてきていて将来性のある農業分野だと思うので、羊農家になってみてはどうか。また営農計画をしっかり持っていなければギブアップということにもなりかねない。」そこで各地の羊農家や家畜改良センター等を視察して猛勉強をしました。農業委員会に営農計画書を提出し、また面接も受けて無事農業者として認められました。そして、平成18年にテクセル種3頭とサフォーク種14頭を購入し、牧場が始まりました。

– 当初は思いがけない形で羊飼いを始めたということですが、実際に羊を飼ってみて魅力はどこにあると思いますか?

山田:癒しですね。特に子羊は、かわいいから抱きしめたくなるんだよね。でも、実は生まれて2〜3日の子羊を抱っこすると人に懐かなくなるんです。羊は弱い動物だから、自由を奪われることを恐れるわけ。どうすればよいかというと、寝ている時に頬を触る。首から後ろを触ってはいけません。目を開けそうになったら触るのをやめる。成長して屋外に出るようになり、親羊と一緒に過ごしている時もそういった接し方を繰り返していくと、だんだん羊の方から「なでて〜」と寄ってきます。羊を飼って11年経ちますが、羊のことについて、まだまだ分からないことがいっぱいあるように思います。毎年、一つずつ羊のことが分かってくる感じです。

– 経済動物だけれども、一緒に暮らしていると自然と愛情がわき上がるのでしょうか。
山田:間違いなく、愛情がわきますね。私は1日に何回か羊を見に行って、声を掛けています。「おーい、まりあっち。元気かー」と。その時に顔とふんの状態を見て体調を見極めるんですが、「いいふんをしているから、お前は大丈夫だな」とか。喧嘩をしていたら「喧嘩するな。喧嘩したらつまらんからなー」とか声を掛ける。そうやって暮らしていると、どうしても羊にもっともっと幸せになってほしいと思うんですよ。

山田さんの羊がおいしい理由と、“あづまジンギスカン”としてのプライド

– 羊肉の値段はどのように付けられるのですか?
山田:他の家畜と違って、羊肉には取引市場が無いので精肉店と直接取り引きしています。私の場合は町内の精肉店(市原精肉店、あづまジンギスカンのブランドで数量限定で販売)と契約を交わして、全量出荷しています。市原さんからは、「お客さんから厚真産の肉を食べたいという要望があるから、何とか(早く)出荷してくれないか」と言われることもありますが、断ることも多いです。出荷できない理由は、自分自身の満足のいく状態に羊が仕上がっていないから。うまくない肉を出してもしょうがない。輸入物と味が変わらないのではどうにもなりません。間違いなく「これはうまい」という時だけ出荷します。

– それが山田さんのポリシー。羊農家としてのこだわりですか?
山田:はい。長い目で見ると、それがあづまジンギスカンの品質にもつながると思うからです。私はあづまジンギスカンとずっと付き合っていくつもりですから。まずい肉は、お客さんに食べさせてはいけない。単純に言えば、手を抜いたツケが将来的に自分自身に跳ね返り、経営を圧迫するということです。ちなみに、今年の6月は2頭しか出荷しません。この2頭は、オーストラリアやニュージーランド産とはやっぱり違うなと思ってもらえるでしょう。

– おいしい肉とそうでないものとは、どのように見極めているのですか?
山田:とても簡単で、よく太って脂がのっていることが大事です。羊には脂身と赤身しかなくて、牛肉のようにサシが入ることはありません。脂は皮膚の下やあばら骨などについていますが、それがたくさんあること。実際のところ脂身は売り物にならないし全て除去するので、それなら始めからない方がいいと思うでしょう。ところが、全然違う。脂がのっている赤肉だからうまい。逆に脂肪の厚みが4〜5cmにもなってしまうと、赤身がほとんど取れなくて業者泣かせになってしまう。歩留まりが悪いということです。

– その微妙なラインをコントロールするのですね。
山田:私の管理方法は至ってシンプルなんです。1年中、羊の自由にする。小屋の扉は常に解放してあるので、羊たちは太陽が登る30分前から日没後30分くらいまで外に出て、自由に草を食べます。雨が降れば、小屋に戻って寝ます。そうやって外にいる間は草を食べたり、寝たり、遊んだり、走ったりすると、適度な運動になるので良い肉質になるんです。羊農家の中には1日に与える餌の量を100g単位で調整して、緻密に管理している人もいます。でも、それはやりたくない。あくまで羊の自由にさせたい。もちろん草だけでは太らないので、くず大豆を煮たものや糠を与えたりもしますが、そのままだと反すうできないので干し草にからませてやる。羊は四つの胃を持っている反すう動物ですから、しっかり反すうさせることが健康な体を作ります。

– 反すう動物本来の正しい生活をさせることが、おいしい羊になる秘訣というわけですね。
山田:それに、健康であることは羊の幸せにつながるとも思うんですよ。やっぱり羊には幸せになってほしいもの。羊は本来10年くらいの命があるんだから、1歳未満〜2歳で命をいただくというのはとてもかわいそうでしょう。だから自分のモットーあるいはポリシーとして、10年の幸せを、その1年に凝縮させたいと思っています。

求む!起業家。羊ビジネスの新しいモデル作り

– 今後は、牧場をどのようにしていきたいと考えていらっしゃいますか?
山田:年齢を重ねて体力が衰えてきた部分もありますし、子供たちが名古屋に住んでいるので厚真町に骨を埋めるかはまだ決めていません。「羊で起業したい」という人がいれば土地を使ってもらい、そのお手伝いができたら、というのが私の心境です。自分が一生懸命羊と向き合い、かわいがってきたにも関わらず、町から羊が全部消えてしまうのは寂しいので。また、そういったセンチメンタルなことだけでなく、町も過疎化が止まってきたといえども人口が減少していくのは間違いないですからね。

実際には羊を飼いたいという人もいますが、新しく牧場にできる土地がないことが課題です。本来は畑や田んぼの方が土地を高く貸せますし、タダで土地を貸してくれる人はいないでしょうから。例えば羊を10頭飼うには1ヘクタール(10,000㎡)が必要で、仮に10アール(1,000㎡)当たり3,800円で貸してくれるとしたら、土地代だけで38,000円かかるでしょ。その分、経営が圧迫されてしまうから。

– どうしたら経営を圧迫させないで羊を飼っていけるでしょうか?
山田:もし私にこれから多くの時間があるなら、厚真町にあるたくさんの森、里山で羊を育てますね。北海道の里山の多くは落葉樹のカラマツを植林していますが、木を育てるためには人が手を掛けて草刈りをしなければなりません。30年以上経った森では難しいかもしれませんが、植林して間もない場所は日が差し込むから下草がいっぱい生えるわけ。それを羊に食べてもらえば、人間が下草刈りの作業をしなくてもいい。この手間を省いてあげる形で土地を借りるんです。だけど、羊が食べるのは草だけではなくて、せっかく育ったカラマツも食べてしまう。だからカラマツを食べないような工夫を施す必要がありますが、それがクリアできれば里山でも羊が飼えるでしょう。

それから羊単体ではなく、他の事業(品目)で複合経営をする。厚真町では、ハスカップの栽培が見直されています。実は私も今年からハスカップ栽培の1年生になったんですが、ハスカップの木も食べられないような工夫をして羊を飼うことができれば、こちらも下草を刈ってくれるし一石二鳥です。

– 羊には肉としてお金を生むだけでなく、労力としての価値があるんですね。場所の問題が解決できれば、他の地域にはない特徴的な取り組みになるかもしれません。
山田:人と羊と木の「共存共栄」ですね。土地の問題は、地主さんとの交渉がなかなか上手く行かない場合もあるでしょうから、当面はうちの牧場を使えばいい。起業家が現れれば、無償で土地を提供することも考えています。

– あとは羊肉の消費を増やすことが必要でしょうか。
山田:いきなり何百頭を飼うと販路の問題が出てきますが、細々とやっている限りは町内に卸すので十分。それだけではなく札幌の会社に卸したり、ホテルと契約したりするのもいいかもしれないですね。というのは、国際会議が行われる時のホテルのディナーは、宗教上の問題から豚肉や牛肉を提供できません。ですから羊肉の需要が高い。その代わり、ホテルと契約する場合は肉の品質を超一流にしなくてはなりません。さらに、切れ目なく肉を出荷する必要もあります。そういった交渉が大変かもしれないですね。でも交渉ごとの感覚は、農業者よりもサラリーマンをやっていた人の方がするどいのではないでしょうか。その他にも羊を呼び水にして農家民宿やレストランをやるなど、羊ビジネスの可能性はいくらでもあると思いますよ。

羊について生き生きと語り、穏やかな眼差しで接する山田さん。その姿からは、彼らを心から愛していることが伝わってきます。羊飼いで生計を立てていくのは決して簡単なことではありませんが、新しいビジネスの可能性を秘めているのも羊ならではかもしれません。

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文=長谷川みちる(Editor’s Office Bluebird)



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