ものづくりに最高の環境。木工房TANAKAの穏やかな創作活動
2018年2月21日
北海道厚真町の一角にある、天然の樹木や自然の地形をそのままの姿で残した分譲地、ルーラルビレッジ。ここに、早期退職後充実した創作活動をされている木工作家、田中隆行さんがいます。小さいころから創作の世界に魅了され、転勤の多い中でも常に工房とともにあった田中さんは、現在厚真の地で日常の食卓に温かみを与えてくれる木のカトラリーを作っています。「ものづくりには最適な環境」というこの場所で、一体どんな作品を生み出しているのでしょうか。
1本1本の違いを楽しむ、手作り感溢れる一品
カトラリー作りの現場で取材させていただくために訪れたのは、田中さんのご自宅。物語に出てきそうなログハウスで、しっかりとした広さの工房がありました。田中さんと、奥様の作品がいくつも飾られる空間で、お話を伺いました。
– 田中さんはどんな作品を作られているのでしょうか?
田中:木のカトラリーがメインですね。小さなスプーン、フォークとか、日常で使うようなものを作っています。小さな家具なんかも作っていて、ハンドメイドのイベントなどに出店しています。
– カトラリーは、作品名もかわいらしいですね。「アイスやプリンの口当たりにこだわったスプーン」や「熱々スープも口当たりが優しくなるスプーン」など。
田中:そうですね、食べるものや人をイメージして、それぞれが食べやすいようなデザインを考えて作っています。昨年あたりからは赤ちゃん用スプーンなんかも作り始めたんですよ。他のよりクイッと、食べさせやすいようにしています。
– 贈り物にも喜ばれそうですね。田中さんのカトラリーの特徴やこだわりはどんなところにありますか。
田中:こだわりは、口当たりのよさや持ちやすいカーブ、木の厚みですね。手作りなもので、1本1本が厚さも大きさも微妙に違うんです。購入してくれる人には、必ず自分にフィットするものがあるので、選ぶときはできるだけ持ってみてから決めてくださいねと伝えてます。その人の手によって、合うものが違うんですよね。
– 機械で作られたものには生み出せない、味わいがある気がします。どういったきっかけでカトラリーを作るようになったのですか。
田中:最初は、あくまで趣味だったんです。作り始めたのは、5年くらい前かな。ここに引っ越して来る前から、先に自分の家の家具やカントリー家具を作っていたんです。妻もハンドメイド好きなもので、そういうハンドメイドのものが集まるイベントに行ったときに、木製のスプーンが売られているところに出会って、面白いなと思ったのが最初です。
– どのようなところに魅力を感じられたのですか。
田中:試しに何点か買ってきて、使ってみたんですよ。そしたら金属にはない暖かい木の感じがあって、すごく興味が湧いた。自分でも作れないかな、と。その時は商売にしようなんて思わなくて、軽い気持ちで試作してみたんですよね。そしたら最初はあまりうまくできなくてね(笑)。塗料なんかも、自然塗料は安全だということでくるみオイルを塗ったら、すぐに色味がボケてしまったり。
最初は素人ながらにやっていたんだけれども、せっかくだから本格的にやってみようと思って。途中からは道内の北東にある置戸町のオケクラフトっていうところに見学に行って塗料も教えてもらいながら、今に至っています。
– 今はお仕事も引退されて、ものづくりに専念できる環境なのですか。
田中:それまではずっと、小学校の教員をやってたんです。4年前に辞めて、ライフワークとして彫刻をやったり、家具や木工をやったり…毎日工房に行って、好きなことをして暮らしてます。
– ゆったりとした自然に囲まれて、大好きなものづくりが思う存分できる環境。素敵ですね。
形の美しいカトラリーを追求して
– カトラリー、例えばスプーンを作る時は、どういう順番で作るのでしょうか。
田中:僕の場合はまず、自分でスプーンの型を板に取って、バンドソーというもので、正面と横の側面を切って、すくう部分を彫刻刀で彫っていきます。そしてグラインダーというものでザーッと全体の形を荒削りして、最後はサンドペーパーを使って必ず手で磨きます。この磨きをきちんとしないと塗料を塗った後に磨き残しというのが出てきてしまうんです。
作っていて難しいのは口先ですね。食べたときの口当たりを大事にしているので。あとは手で持つカーブの部分に気をつけて制作しています。
– デザインや形は事前に思い描いて、それに沿って作っていくのでしょうか。それとも削りながら考えてゆく部分もあるのですか。
田中:そうですね。削りながら、もうちょっと薄くしよう、厚くしようという感じでやる部分も多いですね。なので、ああ削り過ぎだ、ってなってしまうときもありますけど(笑)。調整していきながらです。だから1本1本微妙に違うんですよ。
1本制作するのに1時間くらいかな。こういうスプーンやフォークだったら一日頑張って10本とか。子供の椅子だったら、2日、3日くらいかかりますね。
– このカトラリーを作るための木は、どこから仕入れてくるのですか。
田中:札幌の木工所が主ですね。これから作ろうというもの、ある程度注文を頂いているものを思い描きつつ、基本はその場で「これはいい木だ」と思うものを買ったりします。だいたい月1くらいで買いに行きますけど、多い時は注文の度に行くこともありますね。
広葉樹で作っていると、すごく出来栄えがいいので好きですね。ナラとか、樺とか、葉っぱが落ちる木。カトラリーは、サクラの木を使うことが多いんです。すごく硬くてね、削ってる感覚も全然違いますし、色もいいんですよ。
ものづくりに最高の環境で、作ることを楽しみ続けたい
– 木工を始められた原点はどこにありますか。
田中:大学で彫刻に出会って、合っているなと思ったんです。子供の頃は、立体よりも平面、漫画を描くのが大好きだったんですけどね。エイトマンとか月光仮面とか手塚治虫とか。高校時代には絵を描いたり、版画をやったりとかが好きだったけど、大学のときに初めて粘土に触って。面白くてのめり込みました。
三笠という、炭鉱住宅の多いところに住んでいたんです。すると岸部に石炭を洗った泥みたいな、粘土みたいなものが出てくる。それで泥んこ遊びとかをしたことがすごく記憶に残っているんですね。もしかしたら、そういう泥遊びをしたのが、彫刻とピタッと合ったのかもしれない。
– 彫刻の魅力って、どんなところにありますか。
田中:例えば仏像彫刻なんかでいうと、百済観音なんかは見た目も美しいし、周りからフヮッと、本当に仏様のオーラが出ている感じがするんですよ。彫刻ってそういう、存在感みたいなものがあるというのがいいですよね。なんか、あまり言葉では表現できないですけれど(笑)。彫刻は今でも作っていますけれど、そういった存在感のあるものを目指しています。
彫刻のモデリングという形をつけていく作業や、カービングという削る作業は、木工にも通じるものがあるように感じます。観賞用か実用かの違いはあるけど、形の美しさというのは絶対あるから、そういうのは求めていきたいですね。
– 創作活動と日常の仕事は、どうやって両立してきたのでしょう。
田中:教員をやっていたときは、いわば転勤族でしょ。それまでは工房も移動できるように、スーパーハウスっていうプレハブみたいなものの中に設けて、それごと移動しながら作っていました。ずっと一緒に旅をして…カタツムリみたいですね(笑)。そこで彫刻や家具を制作していました。
– どういう経緯で、厚真を拠点にしようと決めたのでしょうか。
田中:静内という、今の新ひだか町の学校に勤務していた時に、厚真町で土地を分譲しているチラシを見て。ちょうど家を建てたくて土地を探していたので、役場に電話したら「ご案内しますよ!」って言われて案内してもらったんです。他にも見に行きましたが、ここにしようと。
決め手は敷地が広かったこと。アトリエも建てられて、住むこともできる。あと週末通えるところですね。最初、先に家を建てて週末だけ来ていたんです、土日だけ。厚真町は北海道だけど、雪があまりない。雪かきをしたくなかったので(笑)。畑もやりたかったから、そういった意味でもいいんじゃないかと思いました。
– 実際に住んでみて、いかがですか。
田中:本当にいいよね、のんびりできるというか。ここに住んで9年目になりますけど、何かをやりたい人にはいいところだと思いますよ。作品作りはもちろん、畑をやりたいとかでもいいですし。ほどよい田舎というか。車で30分位行けば、空港にもいけるし買い出しも出来るし。
静かな環境なので、制作も集中できます。前は隣近所が近いので、工具を使うと「うるさい」と言われてしまうんじゃないかと心配していたけど、ここは本当に隣りが離れているので、大して気にしなくてもいい。迷惑をかけない安心というのか、気兼ねなく作れますね。
– 最近は移住者も増えていますが、木工作家さんも増えてほしいですか。
田中:いいですね。木はたくさんありますからね。そういうグループができればまた楽しいでしょうね。モノ作りの方だと、ご近所には、窯を持って陶芸作家として活動される方なんかも結構いらっしゃいます。この辺の作家さんで「イベントをやりましょう」というので、自宅イベントというのを開いたこともあります。それは染色をやる方と手紬の毛糸の方と3軒でやりました。そういう人が増えてくれたらいいなと思いますね。
– 今後木工作家としてこうしていきたい、というイメージみたいなものがあれば教えてください。
田中:僕は、ただただ作っていることが楽しいんですよね。なので、スプーンをこういう風に売っていこうというのは全然ないんです。とにかく使い易く、美しい形のものを作ることを目指す。それを楽しんでいきたいと思っています。
厚真の自然に囲まれながら、シンプルにものづくりを楽しんでいらっしゃる田中さん。その穏やかな生活とお人柄が、作品にも表れているようでした。お話を伺った後、取材班で自分にあったカトラリーを選ぶ、楽しいひと時も。1本1本違うからこそ、フィット感のある一品に出会えたときの喜びは格別です。日常に、穏やかな時間の流れを取り入れてくれるカトラリーが、ここにはあります。
田中さんが拘って作った可愛らしいカトラリーは厚真町のふるさと納税の返礼品としてもご利用いただけます。
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文=武藤あずさ
写真=吉川麻子