「やってよかったべ」。 厚真に笑顔が集まった「雪上3本引き大会」。
2019年3月25日
「楽しいもんな。やっぱり、やってよかったべ。笑ってる人ばっかりでしょ」。
前年9月の北海道胆振東部地震により自宅が半壊した被害に遭いながら町内から参加した森田明央さんが目を細めました。
2019年1月20日。仮設住宅が建ち並ぶ本郷地区の厚真町かしわ公園野球場を会場に開催された「第12回あつま国際雪上3本引き大会」。
一時は開催中止も検討された本大会でしたがフタを開ければ大会史上最多となる58チーム、900名を超える人々が参加し、極寒の雪上で熱すぎる闘いを繰り広げました。
真冬の厚真に人を集めたい!
雪上に並べられた3本の綱をチーム対抗で引き合う、厚真町発祥のスポーツ「雪上3本引き」。よーい、ドン!で自陣から駆け出し、先に2本を引き切った方が勝ちというシンプルな競技です。勝敗を決するのは、体力、スピード、知力、そしてチームワーク。単なる体力勝負の綱引きとは異なり、どの綱を何人で引くか、はたまた1本は捨てて2本に集中するか、自陣と相手の状況を見ながら選手が綱の間を移動し、2本奪取をめざします。
いかがでしょうか。
綱引きの綱が1本から3本に変わっただけで、こんなにも奥の深い競技になるのです。
厚真町で初めて「あつま国際雪上3本引き大会」が開催されたのは2008年1月。
「冬のにぎわいを創出したい」という思いから、現在実行委員長を務める池川徹さんをはじめ厚真町商工会の有志がイベントを立ち上げました。お手本にしたのは壮瞥町で行われている「昭和新山国際雪合戦」。閑散期の集客対策としてスタートし、今では世界各国で予選会まで行われるようになった“国際”的なスポーツ大会です。
雪合戦に匹敵する冬ならではのユニークな競技を作ろう。そこで目をつけたのが、小学校の廃校によって余っていた綱引きの長い綱でした。厚真町では毎年夏に「集まリンピック」という町民参加のスポーツ大会を行っていて、その種目の一つに3本の綱を並べて子どもたちがいっせいに綱引きをする競技がありました。…これを雪の上でやったら?
余った綱がある。雪の上ならケガも少ないだろう。最初はそんな軽い思いつきだったようです。
「国際」と謳ってはいるものの、最初の2回は町民のみがエントリーできる町内イベントでした。第3回大会(2010年)からは「町民だけではやはり限界がある」と判断して町外にも門戸を開放。その後ジワジワと評判は広まり、第6回大会(2013年)はテレビのローカル番組で紹介されたことで一気に注目を浴びます。その後も参加チームは増え、第11回大会(2018年)には47チームにまで数を伸ばしました。
こうした地元での盛り上がりを受け、2019年1月の初開催が決定した道民参加型イベント「ほっかいどう大運動会」の正式種目として、和寒町発祥のスポーツ玉入れとともに雪上3本引きが選ばれました。昭和新山国際雪合戦を差し置いて、“北海道を代表する”ご当地スポーツとして認められたのです。
しかしそんな矢先、最大震度7の地震が厚真町を襲います。
前へ、進むために。
2018年9月6日。厚真町を震源地とする北海道胆振東部地震が発災しました。
池川さんや大会運営部長を務める吉住彰郎さんなど商工会のメンバーは、発災当日の午後から炊き出しを開始し、まちの人たちに温かい食事を提供しました。
「炊き出しをしながら、他愛のないおしゃべりをしている間は恐怖を忘れられたんですね。そんなときに誰からともなく『雪上3本引きはどうするの?』という話になりました。会場周辺が仮設住宅の候補地になるという情報も耳に入ってきて、だったら別の会場を検討する必要があるなぁと思っていたんです」と池川さんは振り返ります。
「でも正直なところ、私の中では『中止』という選択肢はありませんでした。すべての町民が開催に賛同するとはいかないだろう。自粛すべきという意見も出るに違いない。それでもずっと後ろばかり向いているわけにはいきません。前へ進む必要がある。私は、雪上3本引きをそのためのステップにしたい。だから開催することに迷いはありませんでした」。
その後、実行委員会で検討を重ねた結果、例年と同じように雪上3本引きを実施することが決まりました。
また、今年初開催となる「ほっかいどう大運動会」の競技実施も震災前に行うことが決定していました。
2019年1月14日に札幌ドーム(札幌市)で開催された「ほっかいどう大運動会」には北海道各地から101チームが参加し、大いに盛り上がりました。初めて雪上3本引きを体験する人も多く、会場は笑いと歓喜の声に包まれました。
厚真町からは審判や運営サポートのために総勢25名が駆けつけました。「役場のみんなも、教育委員会も、商工会のメンバーも、休みを潰してわざわざ札幌まで来てくれました。ただでさえ忙しいっていうのにさ。やっぱり、楽しいんだよ」と池川さんは笑います。
大人が本気になる雪あそび。
「ほっかいどう大運動会」から1週間後の1月20日。厚真町かしわ公園野球場で「第12回あつま国際雪上3本引き大会」が行われました。エントリー数は大会史上初めて募集上限の60チームに到達。当日、インフルエンザなどで泣く泣く棄権した2チームを除く、58チーム・約900名が会場に集まりました。
被災地の冬イベントとして注目された今年は、タレントチームの参加やテレビ取材も多く、例年を上回るにぎやかな雰囲気に。開会式で挨拶に立った宮坂尚市朗町長は「みなさまのパワーをいただいて、復旧・復興の足がかりとし、今日という日を『厚真町が立ち上がるきっかけになった日』にしたい」と話しました。
初参加のチームが多かったのも今回の特徴です。
安平町や苫小牧市といった近郊からの参加はもちろん、西は道南・八雲町、東はオホーツクの小清水町からも参戦。おそらく全58チーム中、最も長い移動時間をかけて参加した「鳥と旅する町『小清水町』」チームのリーダー・秋田憲人さんは「参加して大会を盛り上げることで、少しでも被災地の役に立ちたいという思いがありました。役場職員と観光協会職員、観光大使を務めるタレントさんと一緒に参加しました」と言います。
震災発生直後から町内に入り、炊き出しや農業ボランティアなど、現在も継続的に活動を続ける「石狩思いやりの心届け隊」のみなさんも雪上3本引きに初めて参加。リーダーの熊谷雅之さんはひときわユニークなコスチュームで会場を沸かせてくれました。「今回、僕たちは半分町民の気持ちで参加させてもらいました。まちの現状とは裏腹に、町外の多くの人が厚真町は復興したと思っています。でも、まだまだこれから。大会への参加を通してボランティア仲間をはじめ多くの人に厚真の現状を伝えていくことができたらと思っています」。
もちろん、おなじみのチームも数多く参加しました。その一つが、今回で通算10回目の出場となる古豪「トラック野郎Aチーム」。チームをまとめる森田明央さんは北海道胆振東部地震で自宅が半壊し現在は仮設住宅で暮らしていますが、大会が開催されると知ってエントリーしました。「雪上3本引きの魅力は、やっぱりチームスポーツだってことだな。綱を引っ張る選手だけじゃなく、周囲で応援する人を含めてのチームワークが大切。状況を判断して声をかける。その人の指示で決まるんだ。それにしても、今年はよく集まったな。会場がこんなに人で埋まることはないからね。おかげで明るさが戻ってきたっしょ」。
新旧参加チームが入り乱れての本大会。史上最多58チームの頂点に立ったのはアームレスリングクラブ「パンプアップ塾苫小牧」でした。この優勝で第10回大会からの3連覇を達成。ライバルチームを寄せ付けない、見事な戦いぶりでした。「雪上3本引きの何がそんなに人を引きつけるのか?」。チームの主力メンバーであり、アームレスリング女子日本一の実績を持つ鈴木葉子さんに話を伺いました。
「大人になったら雪と戯れることってないでしょ?雪上3本引きは転げ回って、雪まみれになって、みんなでワイワイ楽しめるのが最高!この日のために走り込んだり、綱を引き合う練習を重ねてきました。出場する以上は絶対に勝って、3連覇で大会を盛り上げようって。厚真町は私自身、仕事で何度も訪れているまちなので、地震は本当に悲しかった。だからこれからも厚真町のお米やハスカップをたくさん買って応援したいと思います」。
「大の大人が本気で遊ぶ。だから面白いし、見ているこちらも引き込まれるんだよね」。池川実行委員長は雪上3本引きの魅力をこう語ります。
「理想としてはもっと参加者が増えて、国内外から人を呼び寄せるような大きなイベントに成長していったらいいんだろうけど、本音を言えば、自分たちの手を離れていっちゃうのはイヤだな。手作りのイベントとして限界ギリギリまでやりたい。集まってくれた人たちにも楽しんでほしいし、運営をする私たち自身も楽しみたい。逆に言うと、やっている私たちが楽しめるようじゃなきゃ、長続きしないと思うんです」。
大会運営の資金集めに奔走したり、参加チームと連絡を取り合ってこまやかな調整を行ったり、会場設営のために数日前から雪を運んで踏み固めたり。実行委員会のメンバーそれぞれが日々の仕事や復興に向けての業務を抱える中で、イベントのために貴重な時間を割いて汗をかくのは、その根っこに「楽しい」という思いがあるから。
池川さんは3本引きの中心メンバーである吉住彰郎さん(運営委員長)、齊藤範之さん(設営委員長)、そして自身を含む3人を、冗談めかして「3本の矢」と呼びます。
「自分たちの場合はね、束ねて1つになるんじゃなくて、まっすぐ飛ぶやつもいれば、別の方向に飛ぶやつもいる『気ままな3本の矢』なんです。根っこの部分だけは一緒。あとは扇を広げるみたいにそれぞれ好きな方向へ飛んでいく。その方がWi-Fiのアイコンと一緒で、可能性が広がりやすいでしょ」。
「極端なことをいえば、一人ひとり、自分が楽しくこのまちに住むためのことをやっているだけなんだと思う。雪上3本引きだけじゃなく、ほかのイベントも、地域活動も同じ。生まれ育ったまちだから、このまちに住んでいてよかったと思って生涯を閉じたい。ただ、それだけなんです」。
初出場ながら準優勝に輝いた「苫小牧P-フォース」のリーダー秋生侑樹さんは「これからも復興の長い道のりが続きますが、みなさんで力を合わせて、僕たちも一緒に、チーム力で乗り切りましょう」とエールを贈ってくれました。
このまちで一生暮らし続けるために本気でイベント運営を楽しむ実行委員会のみなさん。そして、厚真の復興を応援したいと本気で競技を楽しむ参加者のみなさん。
雪上3本引きの会場には、「楽しい!」で集まった人たちの笑顔があふれていました。