「産まれてくる子どもの存在が背中を押してくれた」厚真町にUターン開業した料理人の決断

2018年2月26日

2016年夏、厚真町の市街地に1軒の飲食店がオープンしました。屋号は「ごゆるりと寛いでほしい」という思いを込めて「食空間 ゆるり」。昼はご当地ブランドポーク「米愛豚(まいらぶた)」を主軸としたランチメニュー、夜は「米愛豚」の串焼きなどを提供する居酒屋として人気を集めています。店のオーナーは厚真町出身の三上寛人さん(35歳)。実は三上さん、「20代の頃は厚真に帰ってくるなんて、まったく考えていなかった」といいます。

 町からのバックアップを受けて開業を実現

– 料理人をめざすことになった経緯を教えてください。

三上:ものづくりが好きで、昔からプラモデルに夢中になるタイプでした。親が共働きということもあって割と小さな頃から包丁を持ったり、火を使ったりしていましたね。最初に作った料理は玉子焼きだったかなぁ。料理に関心を抱くようになったのは、小学校の4年生ぐらいだったと思います。自分で作るうちにどんどん興味が増して、大きくなったらこの世界に入るんだろうなと思うようになりました。

高校を卒業後、札幌の調理師専門学校に通いました。もともとはイタリア料理の道に行きたいと思っていましたが、専門学校時代のアルバイト先である居酒屋にそのまま就職しました。そこで10年、次の会社で5〜6年。どちらも居酒屋チェーンで、いろいろな仕事を経験しました。最終的には料理長というポジションでメニュー開発をしたり、数字を管理したりしていました。

– 独立を意識するようになったのは、いつからでしょうか。

三上:人に使われるのではなく、いつかは自分の店を持ちたいという気持ちは、もう本当に、料理人になった当初から思っていましたね。

– 厚真町に戻ってお店を開こう、というのはその頃から考えていたんですか?

三上:いいえ。20代のときは札幌に店を出すだろうと考えていました。札幌のマーケットしか知らないわけですし、当然ここで店をやるものだ、と。考え方に変化が出てきたのは30歳を過ぎたあたりでしょうか。地元でやってもいいのかな、と思うようになりました。

– それはなぜですか?

三上:厚真町を離れて15年以上経っていました。その間、帰ってくることは年に数回でしたが、戻ってくるたびに街が寂しくなっていくのを感じていました。長く続けていらっしゃるお店が頑張っておられる一方で、新規で開業するお店はほとんどない状況でした。だったら逆にチャンスじゃないか。この場所でやることもできるのかな、と思うようになったんです。

– 何かきっかけになるようなことがあったのでしょうか?

三上:子どもを授かったことが大きかったですね。家族の存在が背中を押してくれて、「いつか」を「いま」に変えてくれました。もちろん、子どもが産まれることで生活が変わって大変になるのは目に見えていたけど、夢を後回しにはできないという思いも強くなって、それなら全部背負い込んじゃえという気持ちに切り替わったんです。

開業資金の準備ももちろんですが、会社の中での立場もありましたから、すぐに辞めるわけにもいかず独立のタイミングをうかがっていました。具体的に独立のために動き出したのは2015年の秋です。会社に勤めながら休みを使って独立準備を進めました。

手始めにリサーチのため厚真町の役場へ行きました。そこで空き物件の情報を集めました。現在の物件はすぐに見つかりました。もとは衣料品店だったんですが、大家さんに相談したら飲食店として使ってもいいということで、トントン拍子で決まりました。いい場所だと思います。年が明けて、2月に子どもが産まれ、3月に勤めていた会社を退社し、家族で厚真に移り住み、6月に店をオープンしました。


– 厚真町に来ることに、奥さまは反対しませんでしたか?

三上:理解してくれました。彼女は札幌の出身なんですが、田舎暮らしにはそれほど抵抗がなかったみたいです。

– 開業資金について教えてください。

三上:開業にあたっては1,000万円を用意しました。自己資金は2割。8割は公庫からの借入です。町の助成金も活用しました。厚真町起業家支援事業補助金です。新規開業などに利用できる制度で、通常の補助額は最大200万円ですが、空き店舗を利用した場合は最大250万円までの補助が受けられます。僕の場合は空き店舗でしたので、250万円の補助を受けました。これには助かりました。リサーチで役場に相談にいったときに助成金についても教えてもらったんです。

 WE LOVE 米愛豚! WE LOVE 米愛豚!

– お店のメニューでメインとして扱っているのは厚真町産の「米愛豚」ですね。一般にはあまり出回っていないお肉だと聞いています。

三上:はい。父が厚真ファーム(「米愛豚」を生産するエフティファームの関連会社)の農場長を務めているので「米愛豚」のことは以前から知っていました。ただ一般には流通していないお肉ですから、自分の店で取り扱えるとは思っていませんでした。でも、父の方から「興味があるなら聞いてみたらいい」と厚真ファームの武田社長を紹介してくれて、直接お話をさせてもらう機会を得ました。それで「ぜひ使ってほしい」ということをおっしゃっていただき、取り扱えることになったんです。

– 料理人として「米愛豚」をどのように評価していますか?

三上:16年間調理の仕事をして、その間に会社の仕入を任せてもらった時期もあり、いろいろな食材を見てきましたが、「米愛豚」はそれまで自分が食べたことのある豚肉の中では間違いなくトップですね。肉質がやわらかいこと、脂身にうま味があること。このふたつが大きな特長だと思います。料理人仲間にも食べてもらいましたが、「全然違う」「豚肉に対する概念が覆された」なんていう声もあり、「大丈夫だ」という自信を深めました。

– 「米愛豚」はどんな料理に向いていますか?

三上:どんな料理にも合いますが、このお肉の良さを感じてもらうには、あまり手をかけないでシンプルな料理で食べるのが一番だと思います。たとえばうちでは炭で塩焼きにしたものを出しています。味付けは塩だけ。薬味に山わさびを添えるぐらいです。そういう料理の方が「米愛豚」には向いていますね。ほかにうちで出しているメニューでいいますと、トンテキにしたり、串焼きにしたり。ヒレ肉は天ぷらにして、お蕎麦に載せて出しています。

– 角煮なんかはどうなんでしょうか?

三上:あえてやっていません。特性がまったく消されてしまう。これだったら「米愛豚」じゃなくてもいいよね、ということになってしまいます。

– 「米愛豚」のほかにはどんな食材を使っていますか?

三上:お米も厚真ファームから仕入れています。「ななつぼし」という、おいしいお米です。ほかにも野菜はJAから仕入れていて、厚真産があるときは厚真産のものを使うようにしています。ただ、こればっかりは季節のものですから。

– 地元の食材を積極的に使おうという意識があるのでしょうか?

三上:そうですね。地元でやるからには、地元の食材を大切にしたいという気持ちはあります。

家業でなく企業へ。厚真を拠点に、広く展開したい

– お店の名前の「ゆるり」には、「ごゆるりと〜」という気持ちが込められているそうですね。

三上:はい。この町には外食できるお店も限られていたので、誰でも気軽にごはんを食べに行ける店を作りたかったんです。だから夜もお酒を飲むためのおつまみだけではなく、ごはんものも用意しました。子ども用のイスや個室も備えました。家族みんなで気兼ねなく楽しめるような店にしたかったんです。

– お客さんはどんな方が多いですか?

三上:地元の方、町外から来てくださる方、いろいろです。何度も通ってくださるお客さんもいらっしゃいますし、誰かから聞いて「やっと来ることができました!」なんておっしゃる方もいる。ありがたいですね。

– 辛いことはありますか?

三上:そうですね。お客さんが来ない日は、やっぱり辛いですね。ここで店をやる以上そういう日もあるだろうと、始める前に肚をくくったつもりではいましたけど、実際に直面すると辛いですね(笑)。このまま続けて大丈夫かな?って、悪い方にばかり考えてしまいます。札幌で働いていたときは、どんなに天気が悪くてもお客さんが来ないということはまずありませんから。

– 三上さんは35歳ですね。目標としていた、自分のお店を持ちました。守るべきご家族もいらっしゃいます。料理人としても、経営者としても、まさに働き盛りだと思いますが、これからの目標について教えてください。

三上:長く続けたいと思っています。とにかく長く、ですね。この町に定着できるように。これは助成金の面接のときに話したことでもあるんですが、僕自身はこの1店舗で終わるつもりはありません。もしここが軌道に乗ったら、次のステップとして都市に出て行きたい。何店舗も展開したいし、家業ではなく企業として商売を拡大していきたい。その最初の砦がここだと考えています。

– 札幌や苫小牧に進出したとしても、厚真町のこのお店は「本丸」としてあり続ける、そういうことですね?

三上:はい。これからどういう展開をしていったとしても、自分が戻ってこられる場所、原点として、ここは大切にしていきたい。だから「とにかく長く」なんです。

– 厚真にとどまって町のためにひと肌脱ぐというやり方もあれば、外に出ることで厚真の広告塔になるというやり方もあると思います。今後はどちらのイメージで進めていかれるのでしょうか?

三上:そうですね。厚真の発信は自分にとってのテーマになるでしょう。僕としてはベースを厚真町に置き、さまざまな場所で厚真を発信するイメージでやっていきたいと思っています。

– ご兄弟も料理の仕事をなさっていると聞きましたが、将来的に一緒にやることもあるのでしょうか?

三上:僕は4人兄弟の長男で、すぐ下の弟も調理師をやっています。現在は名古屋で米愛豚を取り扱っている飲食店「まいら」で料理をやっています。もし彼がそれを望むなら一緒にやってもいいし、これは規模を拡大できてからの話だけど、僕が出資して店を出すというやり方もあるでしょう。

一番下の妹は現在、札幌で製菓の勉強をしています。彼女の場合は、兄が居るから厚真に戻ればいいと安易に考えるのではなく、一度どこかで経験を積んで、自分が何に向いている、どういうものを作りたいというのが決まってから僕を頼ればいいと伝えています。製菓というのはなおさらそういう世界だと思いますから。

– 三上さんにとって厚真町というのはどんなまちでしょうか。

三上:可能性のある町だと思います。田舎だからこそできることがたくさんあります。土地はある。町のバックアップもある。何かを起こそう、何かを変えよう、そう考えたときに、実現できる可能性のある場所じゃないでしょうか。自分を変えたいという人もいるでしょう。地域を変えたいという人もいるでしょう。変えたい何かはそれぞれ違うでしょうが、何かを変える、その可能性に満ちた場所だと僕は思います。

「ここだけで終わるつもりはありません」。キラキラした目でそう話す三上さん。家族のために、地域のために。将来が楽しみになるお話とお店。ゆるりのこれからに目が離せません。

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聞き手・文=長谷川圭介(KITE)

写真=吉川麻子



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