リスが遊びにやって来る森のカフェで3時のおやつはいかがですか?

2018年2月27日

厚真町の市街地から車を5分ほど南に走らせ、小さな看板を目印に坂を下ると、森の中に佇む欧風の一軒家があります。この一軒家で2013年の秋から「Momo Cafe(モモカフェ)」を営むのは、厚真育ちのみらいさん。お菓子の焼ける匂いに誘われて、エゾリスやキタキツネが窓際まで遊びに来る小さなカフェは、全国からお客さんが集まるほどの人気店に。9匹の猫たちが気ままに散歩する手入れの行き届いた庭を進み、ティファニーブルーのドアを開けると、まるでおとぎ話のような世界が広がります。

自然に囲まれた場所で、ムーミン谷みたいな生活を

―みらいさんは厚真町で育ったそうですね。当時はどんな暮らしでしたか。

みらい:厚真町内の使わなくなった高校の音楽室を、木工作家の父が工房として貸してもらえることになり、私が2歳の時に家族で札幌から移住しました。そこから、高校を卒業するまでの16年間を厚真町で過ごしました。

子どもの頃は、お友達と一緒に用水路や田んぼに入って遊んだり、馬と追いかけっこをしたり、近所の野山を走り回ってましたね。当時住んでいた家の庭では羊や鶏を飼っていたので、春になると羊の毛刈りもしました。豊かな自然と動物に囲まれて自由にのびのびと育ちました。

– 料理の道を志したのは、いつ頃なんでしょう。

みらい:子どもの頃からお菓子作りが大好きで、高校生になると自分で晩ごはんを作っていました。この頃にはもう「料理人になろう」と思っていて、修学旅行には行かずに、そのお金で一人でイタリアに行って料理を見てきたり、なんてことも。

高校卒業後は栄養士の資格を取得するために町外の栄養学科のある学校へ進学しました。栄養士になる気は全くなかったんですが、料理人としての幅を広げるためといいますか…。調理師はたくさんいるし、料理ができる人もたくさんいるので、栄養士の資格を持ってる料理人の方がかっこいいな、と(笑)。

– そうなんですね。社会に出てからはどんな経験を積まれたんですか?

みらい:栄養学科を卒業してから現在のお店を開店するまでの約12年間は、道内の大きなホテルから小さなレストラン、パン屋さんなど、様々なキッチンの現場で修行しました。祖父母の介護の関係もあり、23歳で北海道を離れて、東京と静岡のお店でも働きました。フレンチの経験が一番長くて、前菜からデザートまで、とにかく色んな経験をしましたね。

– いろいろな土地で広い世界を見て来たみらいさんが、北海道に戻ってこようと思ったのはなぜなんでしょう。

みらい:北海道が好きで、特に雪が大好きなんです。雪が木の枝の先にまで積もって、見える景色のすべてが「白」になる美しさ、月が出ると「灯りが無くても森の中を歩けるぞ」っていうワクワク感。何度体験しても飽きないですね。雪がある分、春の喜びも大きいというか。なので、雪の隙間からエゾエンゴサクやカタクリ、フクジュソウが顔を出して、緑がどんどん増えていく春も大好きですね。

– 確かにここのカフェは、まわりが緑に囲まれていて、環境も素敵ですね。「戻ったら自分のお店を持ちたいな」という想いもありましたか。

みらい:「自分のカフェをやりたい」という気持ちはもちろんありましたが、それよりも「自分の家を持ちたい」という思いが強かったですね。自然に囲まれた広い場所に、間取りや意匠、ドアや壁、家具、インテリア、すべて自分が決めた好きなもので出来た家が欲しくて。

そして「ムーミン」みたいな生活をしたかったんです(笑)。天気のいい日はお外にテーブルを出して、ゆったりとご飯を食べてお茶を楽しむ、なんていう生活です。

Momo Cafeは縁あって7年ほど前から両親が暮らしていた場所で開店したのですが、この場所はちょうど小さい谷になっているので小川も流れていて、窓から見える景色は木ばっかりです。まるでムーミン谷みたいでしょ。31歳の時に、祖父母の介護も落ち着いて北海道に戻れる状況になったので、ここに家を建てよう、と決めました。それなら、経験も10年以上積んだことだし、自分のお店もやろう、って思ったんです。

地元の人がふらっと立ち寄れる、「おやつ」のお店

– オープンから間もなく3年半ですが、いつもお客様でにぎわっている印象を受けます。厚真でお店を営んでみていかがですか?

みらい:ありがたいことに、毎日たくさんのお客様がいらしてくれます。初めは、もう少し都会に近い方がいいかな、とも考えましたが、新千歳空港から30分、札幌から1時間半という距離は、ドライブにちょうどいい距離みたいで、週末は札幌・千歳・苫小牧などのお客様も多いですね。遠方から何時間も運転して来てくれるお客様もいらっしゃいます。本州のお客様が空港からレンタカーやタクシーでいらしてくれることもあって。

少し欲を言えば、町内にもっと寄り道できるスポットが増えたらいいなと思います。遠方から来てくださったお客様が、ご飯を食べて、お土産を買って、芸術に触れたりできて、「あぁ、充実した1日だったな」って、満ち足りた気持ちになれる場所が増えるといいですね。

現状だと、農作物の生産者さんがいるのに地元で販売されているお店が少なかったり、作家さんもいるのに作品を鑑賞できるギャラリーがなかったり。なので、お向かいにパン屋の此方さんが開店されたのは嬉しかったです。

– イチゴやハスカップなど、お菓子には地元の食材を使用されているんですね。地元で採れた食材にこだわってらっしゃるんですか。

みらい:厚真は、米、麦、豆、野菜、魚、果物など、様々な食材が地元で手に入ります。地元の食材を地元の人が食べられるって、とっても贅沢なことだと思うんです。作り手としても、地元の顔の知れた生産者さんから仕入れた食材で作ったものを提供できる。この安心感、幸福感、価値…、言葉では説明しづらい確かな満足感がありますね。

東京のお店はもちろん、北海道でもホテルや大きなお店に勤めていた頃は、食材の仕入れといえば、業者に発注書を出してトラックで運ばれてくる、という何とも味気のないものでした。生産者から直接、食材を仕入れるって簡単なことではないのに、それが今、当たり前にできているんです。

農家さんに「明日、イチゴをお願いします」って言える距離感。おすそ分けで栗を持ってきてくれる方がいる。自分で庭のハスカップや木の実を収穫できる。絵に描いたような農村の暮らしは、たいへん心地よいですね。

– ケーキもお茶も、良心的な価格設定ですよね。都会で食べたらもっと高そうな…。地域に合わせて低めにしているのでしょうか。

みらい:いえ、そうではないんです。うちは、入口に「手作りおやつのお店」と書いてあって、「ケーキ屋さん」でも「パティスリー」でもなくて、「おやつ」のお店なんです。

皆さんに、気兼ねなくパクパクっと食べてもらえるような「おやつ」を作りたくて。そう思うと、価格は変えたくないですね。材料はケチりたくないので、生クリームもフルーツもナッツも良いと思ったものをたっぷり使いますが、高いお値段にはしたくないんです。

近所の農家さんが「ちょっと疲れたから一服しようか」って、主婦の方が「お友達とお喋りしたいわ」って、ふらっと立ち寄っていただけるお店でありたいと思っています。

– 地元の方が、気張らずに通いやすいお菓子屋さんがあるっていいですね。

みらい:ちょうど3年前のこの時期に、お嬢さんの中学入学のお祝いにケーキを買いにいらしたお客様が、ついさっき、今度は卒業のお祝いのケーキをご注文してくださいました。「もう3年経ったんですね、あっというまですね」って思い出話ができるのは楽しいですね。

そのご家族には、町外に下宿されている息子さんもいて、厚真に帰省すると、「Momo Cafeのケーキが食べたい」って言ってくれるそうなんです。「厚真に帰ったら食べられる味」として定着する。これも一つの理想ですね。

リスやキツネが遊びに来る、他のどこにもない空間

– お菓子はもちろん、インテリアや食器など、隅々までこだわられているのを感じます。おひとりでやられていて、大変なことなどもありますか。

みらい:開店から今まで、ちょっとドタバタな時期もありました。お店が混雑していると、入店まで1時間もお待たせしたり、お茶を飲み終わったらすぐに店を出なければならい雰囲気になってしまうこともあって…。そんな時は、せっかくお越しいただいたのに本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

お誕生日ケーキをご注文いただいたり、記念日にご来店いただくこともあります。お客様にとって、1年に1回、一生に1回の記念日に、他にもいくらでも選択肢のある中で選んでくださったことを後悔させちゃいけないし、このプレッシャーは忘れちゃいけないなって思います。

– いろいろと大変なこともある中で、お菓子作りを続けていけるのは、どうしてなんでしょうか。

みらい:昔から、ものづくりが好きだったんですが、料理ほどあっという間に完成するものづくりって、なかなか無いと思うんです。家具にしても陶芸にしても1つの作品を作るのに何時間も何日もかかるでしょう。作る物にもよりますが料理は1、2時間で完成するものも沢山あります。そして、かなり多くの方を喜ばせることができます。「人をこんなにハッピーにできるお仕事はないなぁ」って思うんです。

特にお菓子は、作り手が自分の好きなものを作っても、たいてい皆さん笑顔になってくださる気がします(笑)。とっても、ハッピーの溢れているお仕事だと思いますね。

– ご自身のお店を開き、お客様もたくさんお見えになって、毎日が充実感にあふれるみらいさんですが、これからやりたいことや、目指していることはありますか。

みらい:ぜひ、お料理をお出ししたいです。開店した頃はランチも、コースのディナーもお出ししていたんですが、1人ではちょっと追いつかなくなってしまったので、今はお休み中で。お客様からも「またやって欲しい」とよく言われるんです。もう少し、お店が落ち着いたら、またお料理をお出ししたいですね。

他にも、やりたいことだらけです。エプロンも自分で作りたいですし、インテリア、家具、食器やカトラリーも、お菓子のラッピングも、もっともっと凝りたいです。

ここでは、朝ベットから起き上がると、窓際にリスがやって来て、階段を下りるとリスも一緒についてきます。キッチンの窓からは鳥たちの声が聞こえます。タヌキやキツネが遊びに来て、9匹の猫たちも自由にお散歩します。暗くなると、鹿が走っていきます。そんな、私が普段の味わっているような空気感を、お客様にものんびり楽しんでいただけるようなお店が理想です。

まだまだ未完成です。ひとつひとつを洗練させて、トータルで「他のどこにもない空間」を作りたいですね。

可愛らしく、やわらかな雰囲気の中に、しっかりとした世界観をお持ちのみらいさん。高い意識と豊かな感性が作り出す「作品」たちは、これからもファンを増やし続けそうですね。

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写真=吉川麻子



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